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村を出、しばらく山道を行き、踏み均された歩きよいその道を逸れると、怪しい、草がはびこり、大小の石でデコボコして険しい獣道めいた道へと移った。
コンラートさんの案内に従って先へ更に行くと、泉が湧くちょっとした広場に出、その泉のそばに、一軒の小屋がたっていた。破風屋根の木造家で、塔が付いている。教会のようだった。
「ここだ」、とコンラートさんが目的地への到着を告げ、牛車の箱型の荷台より下りる。
「綺麗なところね」、とミアがややうっとりして言う。
「そうですね」、とリフレ。
滝というには小さいが、一本の水流が泉に向かって落ちており、辺り一面には、この水を源に、草花が繁茂しており、カラフルで、ちょっとした庭園のようだった。
ぼくも、口にこそ出さなかったが、教会を含む、辺りの風景をじっくりと眺望し、もしもブルーノが生きていて、観光気分で来ていたら、楽しかったのに、という夢想に、またしても切なくなった。
教会のそばに、長寿らしい大きなクヌギの木が育っており、木の葉が鮮やかな紅に色付いたその樹冠の下に、どんぐりを落とし、また、みずからの葉も、ハラハラと哀愁たっぷりに散らせている。ふと、目に付いたが、落ちたどんぐりを目当てに、リスがおり、気付かずに近くに寄ったりすると、慌てた様子で走って逃げていくのだった。
「見て」、とぼくはある方を指差す。「ここは、霊園も兼ねてるみたい」
そこには、墓石の並びがあり、面積は狭いけれど、ちゃんとした墓地があった。
ブルーノも、ここに永眠するのだろう、と、そう思うと、何となく、安らいだ気分になった。こぢんまりとしてはいるけど、綺麗で、静謐で、死者の魂が安眠するには、似つかわしい場所であるように、確かに思えた。
コンラートさんが扉をノックすると、扉が開き、女性が現れた。彼女が例の尼僧のようだった。彼女は、上から下まで一体の、真っ黒の服を着ている。祭服だろうか。
「あら、コンラート。こんにちは」、と尼僧は、片手で扉のノブを握った状態で、にっこりと柔和な笑顔で挨拶する。
「やあ、カタリーナ。元気かい」、とコンラートさんも、同じ表情で返す。
「えぇ。お陰様で、元気よ」
尼僧は、白髪が生えているが、全部真っ白ではなく、胡麻塩頭という感じで、その頭髪と、顔のしわを見ると、何となく、年齢が偲ばれた。コンラートさんよりはまだ若かろうが、彼とどれくらい離れているのだろう?
コンラートさんは、扉を超えて屋内の方を窺う素振りを見せると、哀れみのこもった眼差しを投げ、「寂しくは、ないかい」、と問うた。
「えぇ。だいじょうぶ」、と尼僧は、笑顔に微かな憂色を浮かべて答える。「こうしてたまに、来客があるし、それに、この辺は、自然が豊かで楽しいから」
「そうか」、とコンラートさん。「そりゃ、よかった」
「あなたはどう? コンラート。まだ、狩りはしてるの?」
「馬鹿言うな」、とコンラートさんが苦笑する。「もうすっかり耄碌して、歩くことさえままならないっていうのに。もうずいぶん、弓には触ってないなぁ」
「あら。諦めなければ、何でもまだ出来ると思うわ。年齢なんて、ただの数字よ」
「そう思ってた時も、おれにはあったがな。結局、からだの融通が利かなくなっちまった。やれやれ」
尼僧は、再びにっこりと微笑むと、「今日は」、と言った。「お連れの方々がいらっしゃるけど、どうしたの?」
「あぁ、実はな、村で、不幸があって」
「あら、そうだったの……」
尼僧は、胸のとこで両手を組み、瞑目し、祈る姿勢になった。
「お前さんにまた、色々やってもらいたいんだ」
「そうね」、と尼僧は目を開いて言う。「とりあえず、ここじゃなんだし、中に入って」
彼女は扉を完全に開放し、「皆さんも、どうぞ」、と続けた。「お茶とお菓子を、ご用意しますので」
ぼくらは、彼女の促しに従って、コンラートさんを先頭に、順番に中に入っていった。
このひとなら、安心し、信頼出来る、ブルーノの葬送を任せられる、と、ぼくは、コンラートさんと旧知の仲で、また、村とも縁の深そうなカタリーナという名の尼僧に対して、直感的に、そう思ったのだった。
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