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ブルーノをあの世へ見送ったその日の夜、前日から降り続いていた雨が止んだ。
雨が重々しく残した冷気が、それまであった陽気を完全に退けてしまい、空気はすっかり冷え込んだ。
「村に留まればいい」
そう、コンラートさんは、気を遣って言ってくれた。
「これまでのように、わたしのそばにいてくれれば、こちらとしても助かるし、君たちも、わざわざ当てのない旅に出て、途方に暮れずに済む。そうだろう?」
「……」
ぼくは、何も答えられなかった。無視したわけではなかった。疲れとか、悲しみとか、そういうもので、頭が回らなかったのだ。
コンラートさんの家に、皆、戻っていた。
リフレは、牛の世話で外に出ていた。あまり遅くはならないと思う。
燭台の火が、明々と照っている。
コンラートさんは机に座り、ミアは、腰の後ろで手を組んで壁に、片脚を曲げてよりかかり、ぼくは、床の上に、膝を抱いて座っていた。
暖炉で薪が燃えており、ほんのりとその暖気が部屋を巡り、温かい。
「わたしは」、とミアが言う。「フリッツが決めたことに従おうと思う。わたしひとりじゃ、何も出来ないし」
「ぼくだって」、とぼくは、ややイライラして応じる。「何も出来やしないさ。お互いに、子供なんだもの」
ぼくは、歯がゆい思いに駆られ、拳を床に打ち付けた。
「だけど、ブルーノがこういうことになって、呑気に村人の生活なんて、出来やしないよ」
「仇を討ちたいってこと?」
「……多分、そうなんだと思う」
コンラートさんは小さく「ハァ」、とため息を吐いた。
ぼくは俯いてはっきり見ていないが、彼は、ぼくを哀れみ、あるいは軽蔑し、首を左右に振りでもしたかも知れない。
「フリッツは男の子だから、正義感が強かったりするのは、わたし、女だけど、分かる気がする。味方がやられたから、やり返そうっていうのも、共感出来ないこともない」
「正義感、なのかなぁ……」
ぼくは片手でおでこと目の辺りを覆い、呟いた。
「きっと、そうよ」、と、ミアは断定する。「だけど、感情で動くのは、よくないと思うわ。確かにブルーノさんはひどい目に遭ったし、そういう目に遭わせたのは、悪い連中に違いない。でも、わたしたちに一体何が出来る? 体は小さくて、何も知らないで……」
「……そうだね」
ぼくは顔の手をのけて、膝に戻し、答えた。
目を上げ、ミアを見ると、彼女の目元は、薄暗い部屋で、よく見えないが、まだ、泣くことでなった腫れが残っているようだ。
「でも」、とぼくは続ける。「何かしなくちゃいけない気がしてならないんだ。何か、ぼくを待ってる気がする」
「何か?」
「うん。何か……」
会話を聞いているコンラートさんが、ふと、低く笑い出す。嫌味はないが、かといって、おかしいことがあって笑うというのでもない。
ぼくもミアも、腑に落ちない顔をしていると、彼は、口を開いた。
「若いっていうのはいいもんだなぁ。あ、いや、ある意味では、向こう見ずで危険だけど」
コンラートさんは、髭を快さそうに目を瞑って撫でると、続ける。
「何かそう、弾けるようなものだった気がする。若いっていうのは」
ぼくは苦笑し、「わんぱくなだけです」、と答える。
「いや、まぁ、何にせよ。今回こういうことがあったが、お前さんは、まだ元気だっていうこった。取りあえず、今日はもう寝なさい。明日の朝、あの薬師も交えて、今後の話をしようじゃないか」
「それがいいと思う」、とミアは笑顔で賛成した。
ぼくも、釣られて微笑み、「分かりました」、と言った。
ぼくらは、軽く身綺麗にし、寝床を用意すると、横になった。
コンラートさんが、火を消そうとする前、ぼくは、ぼんやりと、見ていた。
ブルーノのいたところは、もう何もなかった。彼がいた跡もなく、ただの、空白だった。
空白――そう、何もないということだ。
だが、何もないということが、かえって、そこにあったはずの存在を強調して浮かび上がらせ、別離の苦しみが、ぼくの胸をギュッと、締め付け、心細い思いにするのだった。
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