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――そういえば、彼も旅人だった。行商をしている。
「ちょっと、いいですか?」
夜が明けて朝、コンラートさんの家の外壁に背中を持たせて、牛車のそばで瞑想する格好のリフレに、話しかけた。
「フリッツさん」、と彼は目を開けて応じる。
「お邪魔でした?」
ぼくは不安になって、おずおずと尋ねる。
だが、リフレは「とんでもない」、と即座に否定してくれた。「秋の涼気が心地よくて、しみじみ味わっていたところです」
「……」
ぼくは、そばのカエデの木を見た。やはり紅色に葉が色付いており、見事であり、散っていく様も、物悲しい風情があって、今の心境には、しっくりくるのだった。
「リフレは」、とぼくは言った。「これから、どうするんですか?」
「わたしは、行商なので、また旅へ出ようと思います。日銭を稼がないと、食べていけないのでね」
「そうですよね……」
至極、当たり前のことだった。彼はそもそも、ぼくにも、ブルーノにも、『教団』の諸事にも、無関係なのだった。
ぼくは、ちょっとシュンとなって俯き、考え込んでしまった。
リフレとぼくは、互いに特別よしみがあるわけではなく、今回ブルーノの一件を通じて知り合っただけの浅い関係だが、また物別れになるのだと思うと、沈鬱な気持ちになるのだった。また身近な誰かが、じぶんのそばを離れていくということが、ぼくを寂しい気持ちにさせた。
「フリッツさんは」、とリフレが言う。
ぼくは、顔を上げる。
「前、ブルーノさんと、いっしょに旅をしていたのだとおっしゃりましたね。実のきょうだいではないけど、実のきょうだいのように、互いに助け合って――すなわち、縁があって」
「えぇ、運命共同体でした――といっても、こうして、彼が亡くなり、ぼくは生き残り、という風に、道が分かたれてしまいましたけど」
「残酷なものですね、人生というのは……」
風が吹き、そう暗然と述懐するリフレの灰色の髪が、かすかに揺れた。
ぼくは再び、俯くと、「でも」、と言った。「仕方なかったと思います。ブルーノは、ああいう風に体を不自由にして、きっと、居心地が悪かったんでしょう」
彼の容態のひどかったことは、彼を診たリフレが一番よく知っているに違いなかった。
リフレはしばらく沈黙し、また目を瞑った。何か考えているようだった。
ふと、扉が開いた音がし、コンラートさんがヨロヨロと現れた。
リフレに用があるようで、ぼくもいることに気付いたが、特に意識はしないようだった。
リフレは目を開き、老人に応じる態勢になった。
「もう、発つのか?」、とコンラートさん。
「ちょっと、考えているところです」
「まぁ、いい。今回は世話になったな。コレ、受け取ってくれ」
コンラートさんは、金貨を差し出した。
「すみません。ありがたく、ちょうだいいたします」
リフレは、慎ましやかに受け取り、懐にしまった。思うに、今回の薬代や、怪我人の診療代なのだろう。
「坊や」、とコンラートさん。
「ちょっと用事を頼まれて欲しいんだが」
「は、はい!」
ぼくは、自分の立場をにわかに思い出し、主であるコンラートさんの小間使いとして、彼のもとへと駆けていった。
ここでは、ぼくは、コンラートさんの介助役なのだ。
小走りしながら、後ろをチラと振り返る。
リフレが、俯き気味の目でぼくを見ている。
この村に、期間は分からないけど、何か明確な目標が出来るまで、滞在するか、リフレに付いて、(まだ許可を得る相談もしていないけど)、また旅をするか、ぼくは、決めかねていた。
後、ミアの存在もある。残るなら問題はないが、旅立つとすると、彼女の意見を聞かないといけない。
時間は、そう待ってくれはしない気が、何となくした。
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