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リフレは、翌日、村を離れると言った。
牛の静養をしっかりし、体力を付けて、一気に山を下りていくつもりだそうだ。
一日。ぼくが彼に、随伴することを頼むか否か、決定する猶予になる。その間に吟味し、熟考し、悩まないといけない。
コンラートさんは、ぼくに小間使いを頼み、ぼくは、彼の知り合いである村民への届け物や、薪割をした。
――本当は、彼に時間が欲しいなどとねだることも出来たのだが、リフレに払われた報酬を思うと、良心が咎めた。
その報酬であるお金は、コンラートさんの財布から出ているわけで、そしてぼくは、コンラートさんに、一時的にであれ、雇われる格好で働いているのである。本来なら、ブルーノのことに対しての対価は、ぼくが払うべきだったのに、彼が進んで払ってくれたのだ。そのことに関して、何も言われてはいないけど、彼の恩には、きちんと報いねばならない。
秋も深まったというのに、額に汗し、服の裾で、汗を拭う。
――とはいえ、時間的余裕を確保したいので、頼まれた仕事はちゃっちゃと済まし、コンラートさんに次の仕事を尋ね、今はもうないので、しばらく休んでいるといいという言を受け取ると、ぼくは、飛ぶようにメルさんのパン屋へと赴き、ミアを呼び出した。
「これからのことを話したいんだ」
そうしかつめらしく言うと、ミアは神妙な面持ちで「分かったわ」、と頷いた。
ぼくは、メルさんにミアをしばらく借りることを詫びると、彼女と共に、パン屋を離れ、針葉樹が数本集まっている広場を目指して砂利の道を歩きながら、話した。二人きりになりたかったのだ。
「正直」、とぼくは言った。「やっぱり、分からないんだ。ぼくらは結局、子供に過ぎなくって、これからの生活を自分たちだけで、大人の助けを借りずにやっていくっていうのは、余りにも不安過ぎる」
「そうね」、とミアはしゅんと俯いて答えた。「もう、パパとママと別れてから、どれくらい経つのかしら」
彼女は空を見上げ、別離の期間を、回想することで計算しているようだった。
空は青く澄み渡り、秋らしく、高かった。放牧された牛や馬が、その辺におり、旺盛に草を食んでいる。
「守ってくれる大人のいない子供って、つらい境遇だよ、まったく」
「でも」、と彼女は空を仰ぎ見る顔を再び下に向けて言う。「この村にいれば、わたしにはメルさんがいるし、フリッツには、コンラートさんがいる」
「でも、ぼくらとあの人たちの関係は、かりそめであって、お互いに、本当の親子じゃないし、ずっといっしょにいるつもりで、暮らしているわけでもない」
「そうね。たぶん、正論ね。だけど、虚しいわ。わたしたちにとって正しいことが、必ずしも、わたしたちの苦しい状況を改善してくれるわけじゃない」
「本当に、どうすればいいんだろう」
話している内に、針葉樹の集まりのそばまで来た。そこは、やや高いところで、村が一望出来た。遠くの山並みを見ると、尾根の岩肌が、冠雪していた。冬の面影が、うっすらと見えた。
「リフレには何も言っていないけど――」、とぼくは言う。
ぼくとミアは、何かはっきりとした合図があったわけでもなく、自然と、二人で、何本かの針葉樹の内、幹の太い一本の陰まで行き、肘がぶつかるくらいの近さで並んで背中からもたれた。木陰はこの時季、肌寒いくらいだった。
「――もし、ぼくらがそうしようと決心するなら、思い切って、いっしょに、彼の旅に付いていってもいいか、打ち明けてみようと思うんだ」
「リフレさんと……?」
ミアは、おもむろにぼくの方に目を向けた。ぼくも彼女に目を向けたが、彼女は、何となく、ぼくを憐れむように瞳を潤ませていた。
「ねぇ、フリッツ。ひょっとしてあなた、リフレさんにブルーノさんを重ねてない? 彼と別れるのが、心細いって、寂しいって、思ってるんじゃない?」
ぼくは思わず目を逸らして俯いた。そして少し考え、「その通りだと思う」、と正直に答えた。「でも、ぼくの中で、二人の区別はちゃんと付いてる。ブルーノはブルーノで、もういないし、リフレはリフレで、ブルーノとは違って、薬師だし、行商だ。年も、背格好も、性格も、その出自も、ブルーノとは違う」
ふと、ミアが、元々肘がぶつかるくらいの距離感だったが、やや更に寄って来、腕が触れるほどになった。
「わたしは、ひとりじゃ何も出来ない。フリッツほど、世慣れしているわけでもないし」
「世慣れなんて、してないよ」
「でも、わたしよりは、旅してる。ううん。わたしは、旅なんてしたことなかったもの。あなたと会うまで」
「ミア……」
ぼくらは、微かに寄り添い合い、ぼくは、何か、心温まるものを感じた。
ミアのこと、ブルーノのこと、リフレのこと、コンラートさんのこ――ぼくの中で、思考が、感情が、渾沌と渦巻いている。
きっと、どうなってもいいのだ。また旅に出ようが、村に留まろうが。
選択出来るのだ。ぼくが、何を希望するか。何を捨てるか。
風が吹く。
ぼくの頭の中で、これからの展望のイメージが、あるかも知れないビジョンが、次々と巡る。
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