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おれのことは、と彼は言った。
「ブルーノと呼んでくれ」
「ブルーノさん」
「さん付けは……あまり慣れないが、さん付けでも、呼び捨てでも、どっちでも構わない」
それが彼の本名なのか、ただの間に合わせの呼称に過ぎないのか、ぼくには分からなかった。だが、彼の名を聞くことで、何か親近感めいたものを感じ、ぼくの警戒感は、ますます解かれていくのであった。
「お前の母さんが亡くなった」、と彼はしかつめらしく言う。「そしてその死因は、お前の話を聞くに、今各地に蔓延しようとしている流行り病だと思う。だが、お前にはその兆候はないんだな?」
「兆候というと、体が真っ赤になるっていうやつですよね。それなら、ないです」
「発熱も?」
「ないです」
「そうか。分かった。いや、伝染性のある病気みたいだからな。一応確かめておこうと思ったんだ。他意はないんだ」
伝染病の話はひとまずそこで終わり、話題は母の葬送に切り替わった。ぼくにとっての本題はそれだった。切実に打ち明け、詳細を話し、解決策を欲した。
「お前の家の、宗派は?」
「宗派?」
「ほら、あるだろう。旧教か新教か」
我が家の信仰する宗教のことを訊いているとはかろうじて察したが、それ以上はまるで理解の及ぶものではなかった。
「すいません。分からないです」
「そうか」
ブルーノさんは、ちょっと困った様子だった。
「でも」とぼくは言った。今は細かいことを議論している場合ではないのだ。「急いで――出来るだけ急いで、母を葬りたいんです。方法は、幾つかあるんでしょうけど、何でもいいんです。悠長にそれを選択している余裕はないんです」
ぼくの口調に、ちょっとまくし立てるところがあったみたいで、それが、ブルーノさんをいささか茫然とさせてしまったようだった。
どうやら、宗教と宗派と葬送の儀式の価値観において、ぼくと彼の間にはかなり大きな差があるようだ。無理もない話だ。道理をわきまえないぼくの発言は、滑稽でさえあっただろうと思う。
「確かに」とブルーノさんは言う。「お前の言う通りだな。お母さんを一刻も早く見送ってあげたいよな。分かった」
その結びの一言に、ぼくは何か気強いが、疑問点の残るニュアンスを感じた。つまり、現実的な問題だ。
「お金もないし、葬儀のためのお祈りをお願いするツテもないんですけど」
「そりゃ、困ったことだ。だが、安心しな。おれがじょうずに取り計らってやるよ。この村ではないが、偉い神父さんがいらっしゃる村があってな。お前もひょっとすると知っているかもしれないが。ヨハネス・リネルスとおっしゃるんだが」
「ヨハネスさん」
「そうだ。ヨハネスさんは偉いだけじゃなくて、優しくて、慈善事業をやっているんだ。貧しいひとに施しものをしたり、みなしごの養護を引き受けたりな」
ブルーノさんは、取り急ぎ、ヨハネスさんに母の葬送を依頼すると言ってくれた。
ぼくは、とにかく自分が望ましいと思う展望を得、不安に慄いていた心をようやく鎮めることが出来たのだった。
ぼくは安心し、自宅へ帰ると、まだ綺麗な状態の母の額を撫でた。