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夜が明けた。
大きい風が彼方より迫って来、平原に生える下草を、樹木の葉を、ザワザワと揺らした。
何か物寂しい風情のある日和だった。
「どうしましょう――というと、すごく頼りないですけど」
オットーがおずおずと言う。
「わたしには、決定権はないですから」
「もっともらしい言い訳はよして」、とリーザが、凛然と返す。
オットーは、木陰に座り、リーザは、ちょっと離れたところで、辺り一帯を見晴るかしている風だった。
「決定権がないから何も言えないんじゃなくて、何も分からないから、でしょう?」
オットーは怯む。
リーザは呆れてため息する。
「ぼくは」、とオットーは口を開く。「事務所の言い付けで村へ来てはみたものの、結局分かったのは、目に見えることだけで、何がどういう事情でどうなったのかという、詳しい状況までは分かりませんでした。そこまで分かれば、ぼくは堂々と城下町へ帰り、相応の報酬を所長に得意顔で要求出来るのでしょうが、実情はこうであって、今帰っても、きっと冷笑を買うだけでしょう」
「つまり、あまり城下町へ帰る気になれないってことでしょう?」
「どうでしょう」、とオットーは俯いて考える恰好になる。「でも、もうぼくに出来ることは特にない気がします。これ以上求めても、時間の浪費になるだけかと。なら、潔く城下町へ戻って、元の生活に復帰するのが順当です」
リーザは、考えた。
オットーの言も、一理ある気が、彼女にはした。
村が滅びていたことは、確かに驚いたし、父母を含む村民の行方を知りたいし、執事を失った憤りを晴らしたいという思いがありもするけど、詰まる所、じぶんたちの出来る活動には、時間においても、金銭においても、体力においても、限界があり、その限界より先は、ないのである。
「手がかりのひとつでもあれば、もう少し粘ろうと思うのですが……」
「お金は、どうなの?」
と、リーザは尋ねたが、直後、しゅんとバツが悪そうにそっぽを向いて俯いた。
「わたしは、こういう風に、いかにもお嬢様っていう態度なのに、笑っちゃうくらいの小銭しか持ってないの」
「お嬢様のお手持ちはお考えにならなくてだいじょうぶですよ」、とオットーは励ますように答える。「ぼくの方も、一応、あるにはあるんですが、あと数日の宿代で底を尽きそうで……」
「背に腹はかえられないってやつね」
「そうかも知れません」
「帰るしかないわ」
「そうですね」
「帰ろう」
リーザは、馬のもとへ寄り、両手でその口元を撫でた。馬は嬉しそうに、首を伸ばした。
互いによく知り合っているもの同士、リーザと馬は、ねんごろに触れ合った。
「幌の荷台がないから」、とリーザが、手を下ろして呟く。「鞍に乗るしかないわね」
「すいません」、とオットーは気後れしたように言う。「ぼく、じぶんで乗って帰ってきておいてなんですが、乗馬の経験がなくって……」
「あら、そうだったの?」
リーザが意外と思うように返す。
「なら、わたしが手綱を持つわ。あなたは――」
彼女は、ちょっとためらう風に言い淀んだが、続けた。
「――あなたは、わたしの後ろに乗ればいい」
「いっしょに乗せてもらえるんですか?」
「馬とひとが併走して帰るだなんて土台無理でしょうしね」
「ぼくもそう思います」
「ちょっと気味が悪いけど、仕方ないわ」
――『気味が悪い』。
オットーは何も反応を見せなかったが、そのキツい一言は、打撃のように彼を撃ち、彼は心の内奥で傷付いたのだった。
が、うだつの上がらない、冴えない彼には、すでに何度か、女性との間で繰り返されてきた経験であり、慣れっこというには、苦痛が強かったが、今回も、リーザの何気ないふと口を突いて出たじぶんへの心ない拒絶の言葉を、黙って受忍したのであった。
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