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『彼ら』は、またひとつ、人里を侵略したらしい。
「ずいぶんな勢威ですな」
と、半ば感心し、半ばいぶかるように、王が言う。
彼の腰掛ける厚くフカフカの真紅のクッションのソファは、ずいぶんと居心地がよさそうだ。
王宮の応接室で、王と老人が、テーブルを挟んで向かい合って座っている。
王はオリバーといい、豊かな髭を頬から顎にかけてたくわえており、貫禄があった。王冠を被っていない頭髪はすっかり灰色であることが露わで、彼の年齢を偲ばせる。
「殿下のご協力の賜物ですよ」
ほとんど目を瞑っているようにしか見えないくらいしみじみと目を細くしている老人は、ヨハネスといい、『真光教』の導師であり、創始者であり、死んでしまったブルーノの、命の恩人であった。
「わたしは何もしていませんよ。ただあなたのお言葉に従っているだけです」
ヨハネスは瞑目して「ハハ」、と低く笑うと、また細く目を開いて、続けた。
「我々の関係は、互恵関係といってよいのではないでしょうか」
「それは、頭ごなしに否定出来ないが、我々は性急さを好まないのです。導師殿、あなた方、宗教騎士団はとてもお強く、もうびっくりするほどですが、やや好戦的過ぎではないかと」
「けれど、殿下にも領土拡張欲はおありでしょう。王国は領土を増やして広げ、我々はより多い信徒を集めることが出来る。足るを知るというのはひとつの重要な知恵ですが、この弱肉強食の時代にあって、控えめであるということは、不利にしかなりません」
「ふむ……」
王は顎を持って考え込む様子だ。
ヨハネスは彼のその様を細い目でじっと見つめて観察し、心の中で、冷笑した。よくもこのような腑抜けた性分で大国の王が務まるものだと、嘲り、軽侮し、同情した。
国民、市民に対しても、同じように、導師は感じた。戦争は働き手を取られるから、商人などは嫌がるものだが、じぶんたちが代表して行くだけで、徴用しないと聞くと、もろ手を挙げて賛意を示し、いともたやすく改宗し、転向してしまうのだ。心変わりしやすいにんげんなど、風見鶏同様でフラフラして節操のないものだ。欲望というのはしかしにんげんをそういう風にしてしまう。恐ろしいものだ――。
「いや、言葉が過ぎたのならお詫び申し上げる。我々の国や町は本当に、導師殿と宗教騎士団のお陰で、安泰だし、発展していけるし、平和なのだ」
「いえいえ、お詫びなど、結構です」
そうにこやかに微笑んで言うと、ヨハネスは片手を差し出した。
オリバーは立ち上がり、みずからの手で彼の手を取り、堅い握手を交わした。
ヨハネスは、もう一方の手を加え、オリバーの手を包み込んだ。
「敵国の暴動や民の反感を買いすぎることを不安視なさるなら、ご安心を。我々『教団』は一丸となって撃滅いたします」
オリバーは、その場に膝を突いた。その恰好は、主君と従者のそれであった。
ヨハネスは、目の前に跪く王を見下ろし、小心でありながら、目先の欲望に打ち克てない彼のにんげんらしく、またそれゆえ矮小である心にも巣食う邪念を見て取り、再び、冷やかに、低く、笑ったのだった。
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