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リーザは幼い頃より、週末の休みの日になると必ず、村の教会へと両親と共に出かけ、他の村民も一堂に会して、聖書を読み合い、礼拝した。
習慣であり、伝統であり、リーザにとって、せっかくの休みの日の時間を奪われるという理由から、彼女はあまり気乗りしなかったが、習慣を破ることは何となく恐ろしく、不安で、出来なかった。
家族の絆を培い、村民と交流して知己になるというのは、確かに悪いことではなかった。
聖書の読み合いも礼拝も、宗教的ルーティンであり、生活に一定の秩序を与え、保つための、いわば精神統一のすべであった。
そういう経緯で、リーザは信徒として、特には熱心でも敬虔でもなかったが、宗教という他者と共通の価値観や物語を持つことの意味が何となく分かっていた。
修道院付属の学校に通うことになって、リーザは、周りの親族に大層褒められ、将来を嘱望されたが、本人にはいまひとつその重みがピンと来なかった。
じぶんは将来何になるのかなど、リーザは考えたことがなかった。役人になりたいのか、または聖職者になりたいのか、そういう具体的なイメージがまるでなく、とりあえず、教養を積むのだから、手工業のようなものではないだろう、という漠然とした予想をするのがせいぜいだった。
リーザは学校にて、授業を受けていた。
教師はその多くが、やや厳し過ぎるくらい厳しく、非情であり、出来の悪い生徒には、平然と暴言を吐き、軽い体罰を与えるのだった。
リーザは頭脳明晰だったので、教師の、たとえば金属製の鍵で頭をコツコツ連打するとか、能無しなどと痛罵するなどの仕打ちを受けずに済んだが、周りでその犠牲になる生徒を見ると、嫌な気持ちになった。
もちろん、比較的やさしく接してくれる教師もいたが、少数であり、彼らも、他のよりひどい教師に比べて幾分かマシであるというだけで、結局、教師という存在に対して、打ち解けた仲になることを望むのは愚かだった。
だが、学校というのは、
易しくないのは、当然のことなのかも知れない。
授業と授業の合間、リーザは違う教室へと移動するため、広い修道院の渡り廊下を歩いていた。
すると、彼女の目に、中庭の光景が見下ろされ、そこには、男子ばかりが集まっていた。
彼らは動きやすい服に着替えており、ある者は長い棒を持ち、ある者は短い棒を持っていた。
まるで、長い方は槍のようで、短い方は剣のようだった。
――そう。彼らはこの後の授業で戦闘の訓練をするのだ。彼らは未来の兵なのである。
この学校は、最初は主に神学を教え、役人や書記や聖職者を目指す者たちの学びの場だったが、ある時より、軍学校としての機能も持つようになり、城下町の軍に入る新兵の養成を始めたのだった。あの黒光りするいかめしく禍々しい鎧を、彼らは身に纏うことになるのだろうか。
彼女は立ち止まって目を細め、伯父の言ったセリフを思い返した。
『彼らはぼくらを守ってくれる頼もしい味方だから……』
しかし、リーザの目に見えるものの与える印象から言えば、中庭に群がる男たちは、頼もしい味方というよりは、むしろ、血の気の多い野蛮人なのだった。
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