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気ぜわしいものだと、彼女は思った。
店先に立って、先般よりしばしば行われる城下町の駐屯兵の行進を、悄然と突っ立って眺める。長蛇の列を成し、幾分か禍々しいまでの威容を放ち、彼らはゾロゾロと練り歩く。まるで住民を威圧するようだった。
種々の花々を取り揃えているその店は、花屋だった。
店のことは、彼女、エルマが切り盛りしている。まだ若干十二歳に過ぎず、垢抜けなく、背格好もほっそりとしているが、日々、仕事に精を出し、その様は堂に入ったものだった。薄い褐色のロングヘアーをうなじで括っている。
エルマは空を見上げた。高い空だった。トンビが鳴き声を上げて旋回しており、風をその翼いっぱいに受けて、ずいぶんと、楽しそうだった。
ふと、すいません、という呼びかけの声が耳朶を打つ。
「はい」、とエルマは我に返り、応対する。その着古した服は、花屋で働く際に着用する作業着なのだろう。
来客だった。髪が真っ白の高齢の女性が、店先に並ぶ鉢のひとつを取り、そこに茂る植物の芳香を恍惚と吸い込んでいる。
「この鉢を、いただこうかしら」
「そちらは……ハーブですね」
「いい香りねぇ。嗅ぐととっても落ち着くようだわ」
「わたしもハーブの香りは好きです。何と言うか、清潔っていう感じがして」
エルマは女性と馬が合うようで、和やかに微笑み合った。
兵の行進は通り過ぎたようで、最後尾の騎兵が行ってしまうと、外縁に退いていた住民が戻って来、ピリッとした緊張を誘う空気はどこかへと消えた。
「ありがとう」
女性は満足して購入したハーブを手にし、店を去った。
店員の少女は丁寧に礼を返し、その後ろ姿を見送った。
ふと、「エルマ」、という呼び声が、薄暗い店の奥よりし、彼女は後ろを首だけで振り返った。
ひとりの女性が現れた。年は三十から四十の女性で、エルマほどではないが、そこそこ着古しているチュニックを纏っている。エルマと同じ髪色で、親族のように見え、実際、彼女はエルマの母なのであった。
「今日はどれくらい、お客さんが来るかしら?」
と、母は腕組みして壁に寄りかかり、くつろいだ感じで尋ねる。
「さぁ?」、とエルマは小首を傾げる。「何かの記念日というわけでもないし、いつもと変わらないと思うけど」
「やっぱり、そうでしょうね」
と、母は壁より体を離す。
「どこか行くの? お母さん」
「うん。お店のことは任せてもいい?」
「だいじょうぶと思う」
「まぁ、何かあったら呼びに来ればいいわ。ちょっと畑の方を見てくるから」
「分かった」
母は店の奥に戻ると、しばらくしてまた現れ、空の鉢などのちょっとした手荷物を携えていた。母は出かけていき、エルマは残った。
兵の行進が遮断していた人流は元に戻ったけど、あの高齢の女性以後、花屋は概ねヒマで、時折冷やかしの客が見るだけ見ていくくらいだった。
エルマは売れたハーブの分を新たに店先に出すと、手持無沙汰だったので、椅子を用意して座り、分厚い書物を腿の上に置いて、読み出した。植物の図鑑だった。
もしも――とエルマは考えた。
学校で、植物のことが勉強出来るなら、じぶんは嬉々として行ったことだろう。だが、城下町には学校がひとつだけしかなく、それも少数の科目に特化したものではなく、教養を広汎に積むことを目的とした神学校であり、結局、学校に行くという選択は、
エルマは身震いした。じっとしているともう寒い季節のようだ。
彼女は図鑑を一旦閉じて店の奥に行くと、上着を取って戻って来、改めて店番がてら、植物の勉強にいそしむのであった。
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