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ある噂が出回るようになった。
先般、何の予告もなく、グルンシュロスの城下町に、バルビタールより新たな兵士たちが動員され、住民たちは不審がった。
戦争の予定でもあるのか、とある者が訊くと、派遣されてきた兵の内、高い序列にいる、要するに指揮官が、ないと答えた。
では、なぜ、とその者は続けて訊いたが、指揮官は、王宮から下された指令だと答え、それ以上求められても詳しくは言わなかった。
住民たちは、なるほど、戦争があるとしても、外部から来た者たちが出征し、たとえばじぶんの友達や、恋人や、家族や、会社の従業員が、戦闘員や補助役などとして奪われることもないわけで、そういう意味ではよいのかも知れない、という風に考えてみた。
だが、城下町は、それまでとは様子が変わり、軍の行進がしばしば通りを占拠し、特にこれといった意味もなく、その機械仕掛けのような兵の歩き方や、人間味のない眼差しや、金属製の剣や盾などの重装備で住民を威圧するようになり、方々で、苦情が上がった。
その内、集会が出来、城にいる領主に陳情するということがあったが、手もなく却下され、また、ほとんど脅迫に近い形で、集会の解散を命じられた。最悪、実力でもって排除するということを言われれば、大人しい住民は、大人しく恭順に従うしかないのだった。
哀れな住民は、兵たちに対して反感をくすぶらせつつ、日々を過ごした。
だが、中には、どうしても納得出来ず、個人的な恨みを顕わにしてしまう短気な者がいて、そういう者は、つまり、城下町という社会の中で、小さな反抗分子となり、もちろん、城下町の経世済民を司る権力者に対して何がしかの働きかけも出来ずに、しかるべき処分が下されるのだった。
噂というのは、そういう者の末路に関することだった。
おおっぴらにならず、暗々裏にことが済まされるので、噂は、俗耳に入りやすく、尾ひれはひれが付くことも少なくなく、また、広がりやすいのだった。
エルマがある日、近所の仕事において交流のある薬屋を、薬草を届けるという用事で訪れた時、彼女は薬屋の主人より、その噂について、尋ねられたのだった。
「知らないかい?」、と主人。
「さぁ。わたしは聞いたことがないです」
「ぼくも、人づてに聞いただけで、確証がないんだけどね」
「この町で、軍に対してあからさまに否定的だったり、反抗的だったりすると、ひどい目に遭うっていうやつですよね」
「そうなんだ。ぼくが聞くところではね――」
エルマは、特に興味もなかったが、付き合いもあるので、一応、耳を傾けることにした。
彼によると、軍の中の誰かか、それとも城の中の誰かか、はっきりとしないが、その誰かが管理している、あるものがあるらしい。
その在処ももちろん分からないが、囁かれているのは、それが薬品で、しかも、劇物であるらしいということだった。
処分というのは、言うことを聞かない者に対して、その薬品を飲ませるか食べさせるかするというやり方のようだった。
拷問にしては、妙なやり方だと、エルマには思われた。もちろん、恐ろしいと彼女はまず思ったが。
さりげなく、飲み物を勧めるように飲用させるのか。それとも、複数人で相手を抑え付けて無理矢理飲ませるのか。
いずれにせよ、何かしらの流儀のようなものがあって、そういうやり方を取っているのだろう
薬屋曰く、その薬品を体に入れたが最後、後は体が異常に発熱して、悶え死ぬらしい。
エルマは、その噂について、信じもしなければ、疑いもしなかった。だが、この城下町のどこか、何かきな臭いことが密かに行われていることは、うすうす感知していたのだった。
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