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飛脚の事務所では、所長が頭を抱えていた。
かねてより、営業に差し障りがあって、そのために経営が悪くなっているのである。
というのは、城よりお触れが――つまり、外部より戦力を補強することになったという旨のことが掲示された看板が、道という道に立てられてからというもの、信書や荷物を扱う飛脚の業務において、検閲の義務が課されることとなったためである。
要は、外部との自由な交流、通商が出来なくなったわけで、信書を送るにせよ、行商や仕入れに出かけるにせよ、一々役所に報告しに行かねばならず、その手間のために、仕事の運びが遅鈍になってしまったのである。
もちろん、検閲を受けた上で許可を得られない場合があって、そういう時は、断念しなければならないのだった。
所長は、ため息を吐くことが多くなり、もともと薄い頭髪が、更に薄くなった気すらした。
昼を過ぎた時分だった。事務所に雇われ、働いている飛脚はその多くが外へと出張っていた。各自、それぞれ荷物なり手紙なりを持ち、届けに行っているのだった。
所長としては、仕事が禁止されれば一銭にもならないので、検閲で弾かれることがないよう、祈るばかりだった。
日々気を揉んでイライラしている主人を見、その補助をしている夫人は、いつも決まりの悪い気分になるのだった。
ふと、誰かが事務所に現れた。男だった。所長も夫人もよく見知った顔だった。
「おぉ、オットー。おかえり」
うだつが上がらず、いつまでも同じ仕事ばかりしているオットーは、しょんぼりとして、所長は、その面持ちを目にすると、目敏く起こったと思われる事態を推知し、がっかりした。
「ダメでした」
と、オットー。
「ぼくが引き受けた荷物ですが、役所で手続きしてみたところ、届け先が敵国であるという理由で、持ち帰るよう、言われました」
「何ぃ?」
と、所長は、眉間にしわを寄せて憤然となる。
「かの国は今まで何度も通商があったところじゃないか」
「真意は知れません。ですが、我々がその庇護のもとにある軍の進行があるのならば、滅びてしまう予定のところに、届け物をする意味はないでしょう」
「俺たちの商売を潰す気か。あの馬鹿どもは」
「あなた」
と、夫人が、ますますその怒気が昂ろうとしている夫に向かって、なだめるように口を挟む。
「あんまり言うと、まずいですよ」
「何がだ」
「ほら、ここでは、軍の意向に背くような態度を見せると……」
捕まって、ひどい目に遭わされる、と、夫人は、噂には聞くが、確証がなく、断言出来ないという遠慮を込めて言った。
「まったく」
と、所長は自身が付いている机に拳を勢いよく落とす。
「儲けているのは兵士ばかりじゃないか。損害をこうむっているのは我々だけじゃない。その他の商売だって、無闇に手続きを煩雑にされ、迷惑千万なんだ」
ひとり激昂する所長のそばで、オットーも、夫人も、悄然と俯いて立ち竦むしか出来なかった。
所長ほど義憤に駆られず、おとなしい気質のオットーは、成るほど、その気質のお陰で、ある程度、不利な状況に置かれても、不満を募らせて爆発させるということはなかったが、それでも、まるで空気が薄くなったかのように、最近の生活に、どこか息苦しい感じを覚えるのだった。
邪悪なものが存在しているのだ。
はっきりとではなく、あれだこれだと指差して明示し得る実相をそれは持たないが、冷静で繊細な感性を少しでも持っているにんげんならば、その気配を確かに感じることが、出来るのだった。
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