第188話
***
ウサギが前を横切った。
可愛らしいその姿に眼福を得ようと目で追ってみるが、瞬く間に茂みの中へと潜り込んで、どこかへ行ってしまった。
ウサギの白い被毛は、まるで雪のように白かった。
ひどく寒かった。もう冬に突入しているのだった。
ぼくは、山道を下っていた。落ち葉がうずたかく降り積もっており、秋の終わりを実感する。
山道は、そう称するに相応しく、凸凹していたり落石があったりして、まずまず嶮阻であったが、リフレによれば、もうすぐ麓まで到る見込みで、平地に出れば、足元がすっきりして、歩きやすくなるだろう。
今、時間は、どれくらいだろう……。
リフレが先頭を、牛車を牽く牛と共に進んでおり、彼は、水先案内をかねていて、ぼく、そしてミアは、その後ろ姿に
「ミア」、と、最後尾のぼくは、徐々に迫ってくる彼女の背に向けて呼びかけた。
ミアは、振り向き、その顔には、疲労を偲ばせる陰が差していた。
「足元に気を付けて。まだ歩けるかい?」
「平気よ。フリッツ」
そう強がる風に言うと、前に向き直り、歩を進める。
だが、ぼくの足取りと、彼女の足取りとでは、いささか異なり、彼女の方が遅く、ぼくは追い付いてしまうのだった。
時折、リフレが振り向き、ぼくらのペースを見て、歩調を緩めたり、早めたりする。
――こうしてまた旅するようになって、まだ一週間と経っていない。
ブルーノが亡くなり、途方に暮れたぼくとミアは、結局、村に留まるという選択はせず、薬師であるリフレに付いて旅に出ることにした。
リフレは受け入れてくれ、ぼくらは、よきにつけあしきにつけ、先への展望を手に入れたわけで、ぼくらの選択が、どう転ぶか、どういう行く末へと導いていくか、まるで分からないけれど、とにかく、前進するほかなかった。立ち止まっているのが一番、ダメだった。
だが、流浪の身となって無軌道に旅して回るというのでもなく、ぼくは、ブルーノのことや、ミアの両親のことや、滅びた村のことなど、一連の不運、災いの発端であると思われる『教団』へと少しでもアプローチするために、とりあえず、力を付けようと考えたのだった。
『教団』という組織は、強力であり、またこの世界に対して、決して見過ごすことの出来ない怪しくまた危険でもある思惑によって動いている。
真正面から訪ねていって、ぼくとミアが被ることになった全ての不運の償いを求めても、『教団』は歯牙にもかけないだろう。
彼らは、新興の宗教組織であり、既存の宗教に対して、極めて敵対的であり、たびたび襲撃し、侵略し、脅かしている。
ぼくは別に、武力に対して武力で対抗して、退けようと思っているわけでは、しかしない。
ただ、何もないぼくでも、現実的に、最も手に入れられそうに思われたものが、戦う力だったというだけの話だった。
ブルーノの仇を討つことも、ミアの両親、及び拉致された村人たちを救い出すことも、金銭では解決出来ないに違いない。話し合いの場をもうけても、謝罪も補償も得られないだろう。
彼らには、彼らの確固不抜の達すべき目的があって、そのためには、手段を選ばないだろうし、ブルーノを傷付けたのだって、村を襲撃したのだって、彼らなりの、大義名分があってのことなのだ。
敵は強大だし、また、勢力を増していて、気運が高まっていた。
だが、だからといって、すごすごと諦めて退くには、ぼくは、彼らに対して、あまりにも多くの借りを――因縁を――作り過ぎていたのだった。
***