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ゲールフェルト村で、シュトラウスという名前のちょっとした豪商に、村のギルドを通じて挨拶に行き、彼の親戚がいるという、グルンシュロス城下町へのリーザ嬢の護送を頼まれた。その邸宅は、麦畑のそばにそびえていた。
正規の兵は、村民のプライべートの用事には雇用出来ないということで、正規の兵で何でもないぼくとブルーノが引き受けた。ちょうどぼくらは、仕事を求めていたところで、また、報酬のよい仕事でもあり、打って付けだった。経験がないということがネックだったが、何度かしたことがあるとブルーノが偽って通した。
街道と繋がる陸橋で、馬車に乗っていた。ぼくは幌に覆われた荷台におり、ブルーノは馭者席にいた。ぼくのそばには、堂々とした少女でまた美しい容貌でもあるリーザ嬢がおり、ブルーノの隣には、執事のコンラートさんが、手綱を持って馬の機嫌を取っている。
ぼくは、荷台のベンチが、馬車の進行方向に平行にあったので、顔を横に向けて、ブルーノの後ろ姿をじっと見つめていた。ブルーノは、黙々と、馬車に揺られながら、手に持って地図を見下ろしていた。
短いツンツンの髪と、白い肌。瞳の色は、機嫌の悪い時とか、彼が好いているお酒に乱酔している時とかには、茶色く淀んで濁っているが、そうでない時は、琥珀のように綺麗だった。
ブルーノ、とぼくはその背に向かって呼びかけた。リーザ嬢はそっぽを向いて何をするでもなくボーッとしており、コンラートさんは正面を見つめてただ馬の進行を監督していた。
ブルーノは、振り向かなかった。
ぼくはもう一度、ブルーノ、と呼びかける。
ブルーノ、ブルーノ、ブルーノ……。
――ふと目が覚めると、まだ夜中だった。
腕枕で寝ていたぼくは半ばびっくりすると、くしゃみが出た。寒かった。
今、いったいどれくらいだろう。夜中の内の早い方か、遅い方か。
いずれにせよ、真っ暗で、起きるべき時間ではないようだった。
ううん、という唸り声がした。ミアの声だった。その後、規則正しい寝息が戻り、彼女は、夢でも見ているのだろうか。
ぼくは、夢見た。ブルーノとの夢だった。まったく空想ではなく、実際にあったと思われる風景の中に、ぼくらはいて、だけど、ぼくと彼は、何となく、隔たっていた。
――カタリーナさんは、ぼくに、教会の墓地で、旅の一路平安を祈願してくれた。天上にまします神の御加護がありますように、と。
ぼくは感謝を示し、色とりどりではなくなったが、冬でも可憐に咲く花々の植えられた庭園の墓地を去った。
ブルーノの墓があるのなら、また帰ってきたいと思うし、帰ってこようと誓うのだが、次にいつ戻ってくるのか、皆目見当が付かなかった。
コンラートさんとメルさんは、ぼくとミアに、餞別をくれた。コンラートさんは、金貨と銀貨で、メルさんは、パンだった。
金貨と銀貨は、大事に、袋にしまっている。パンは、もう食べてしまった。
あれだけ頭が冴えていたのに、いつの間にか眠ってしまった。
そして淡い夢を見、醒め、物悲しい気分で、闇と
ぼくはもう一度目を瞑る。また夢を見るだろうか。さっきの夢の続きを、もう一度、見られるだろうか。
眠りの精は、ぼくの目蓋を再び下ろし、ぼくから意識を取り除いた。安息の闇へと横たえてくれ、ぼくは、疲れた体を存分に癒すために、熟睡した。
深い眠りの水面は、静かだった。ひとつの波紋も立たず、完璧に凪いでいた。
その中で、ブルーノが現れることは、もうなかった。
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