さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

191 / 451
第191話

***

 

 

 

 ゲールフェルト村で、シュトラウスという名前のちょっとした豪商に、村のギルドを通じて挨拶に行き、彼の親戚がいるという、グルンシュロス城下町へのリーザ嬢の護送を頼まれた。その邸宅は、麦畑のそばにそびえていた。

 

 正規の兵は、村民のプライべートの用事には雇用出来ないということで、正規の兵で何でもないぼくとブルーノが引き受けた。ちょうどぼくらは、仕事を求めていたところで、また、報酬のよい仕事でもあり、打って付けだった。経験がないということがネックだったが、何度かしたことがあるとブルーノが偽って通した。

 

 街道と繋がる陸橋で、馬車に乗っていた。ぼくは幌に覆われた荷台におり、ブルーノは馭者席にいた。ぼくのそばには、堂々とした少女でまた美しい容貌でもあるリーザ嬢がおり、ブルーノの隣には、執事のコンラートさんが、手綱を持って馬の機嫌を取っている。

 

 ぼくは、荷台のベンチが、馬車の進行方向に平行にあったので、顔を横に向けて、ブルーノの後ろ姿をじっと見つめていた。ブルーノは、黙々と、馬車に揺られながら、手に持って地図を見下ろしていた。

 

 短いツンツンの髪と、白い肌。瞳の色は、機嫌の悪い時とか、彼が好いているお酒に乱酔している時とかには、茶色く淀んで濁っているが、そうでない時は、琥珀のように綺麗だった。

 

 ブルーノ、とぼくはその背に向かって呼びかけた。リーザ嬢はそっぽを向いて何をするでもなくボーッとしており、コンラートさんは正面を見つめてただ馬の進行を監督していた。

 

 ブルーノは、振り向かなかった。

 

 ぼくはもう一度、ブルーノ、と呼びかける。

 

 ブルーノ、ブルーノ、ブルーノ……。

 

 

 

 ――ふと目が覚めると、まだ夜中だった。

 

 腕枕で寝ていたぼくは半ばびっくりすると、くしゃみが出た。寒かった。

 

 今、いったいどれくらいだろう。夜中の内の早い方か、遅い方か。

 

 いずれにせよ、真っ暗で、起きるべき時間ではないようだった。

 

 ううん、という唸り声がした。ミアの声だった。その後、規則正しい寝息が戻り、彼女は、夢でも見ているのだろうか。

 

 ぼくは、夢見た。ブルーノとの夢だった。まったく空想ではなく、実際にあったと思われる風景の中に、ぼくらはいて、だけど、ぼくと彼は、何となく、隔たっていた。

 

 ――カタリーナさんは、ぼくに、教会の墓地で、旅の一路平安を祈願してくれた。天上にまします神の御加護がありますように、と。

 

 ぼくは感謝を示し、色とりどりではなくなったが、冬でも可憐に咲く花々の植えられた庭園の墓地を去った。

 

 ブルーノの墓があるのなら、また帰ってきたいと思うし、帰ってこようと誓うのだが、次にいつ戻ってくるのか、皆目見当が付かなかった。

 

 コンラートさんとメルさんは、ぼくとミアに、餞別をくれた。コンラートさんは、金貨と銀貨で、メルさんは、パンだった。

 

 金貨と銀貨は、大事に、袋にしまっている。パンは、もう食べてしまった。

 

 あれだけ頭が冴えていたのに、いつの間にか眠ってしまった。

 

 そして淡い夢を見、醒め、物悲しい気分で、闇と静寂(しじま)の中で、孤独に物思っている。

 

 ぼくはもう一度目を瞑る。また夢を見るだろうか。さっきの夢の続きを、もう一度、見られるだろうか。

 

 眠りの精は、ぼくの目蓋を再び下ろし、ぼくから意識を取り除いた。安息の闇へと横たえてくれ、ぼくは、疲れた体を存分に癒すために、熟睡した。

 

 深い眠りの水面は、静かだった。ひとつの波紋も立たず、完璧に凪いでいた。

 

 

 

 その中で、ブルーノが現れることは、もうなかった。

 

 

 

***

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。