さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第192話

***

 

 

 

 ぼくは短剣を持っていた。

 

 ブルーノに買い与えてもらった、彼のいない今となっては形見同然のものだ。

 

 一度だけ、この短剣で人を殺めたことがある。思い出すだけで身の毛がよだつようだった。

 

 ひとを殺すということ自体は簡単だったかも知れない。武器で傷付ければよいだけだ。だが、後に残るすっきりしない感情が、始末が悪かった。

 

 誰であれ、生きているのはみずからの人生である。その人生を、他人が断絶することは、途轍もない侵犯であり、相応の報いを覚悟しないといけない。

 

 ぼくは、その目を盗んで背中を一突きして殺したあの見張りの賊に対し、何とははっきりしないけれど、確実に、重々しいものを負っている。

 

 

 

「――フリッツ?」

 

 

 

 ふと、名前を呼ばれて、ぼくはハッと我に返る。

 

 目を向けると、きょとんとした面持ちのミアが見える。

 

「あっ……」

 

「どうしたの? スープ、冷めちゃうよ?」

 

 朝ごはんはスープだった。池の小魚を捕えて食用とし、後は木の実を適当に入れ、塩と胡椒で味付けした。

 

「ごめん」、とぼくは言い、手に持ってずっと下ろしていたらしい器を持ち上げ、中身に口を付ける。

 

「ちょっと、考え事してた」

 

 スープは、冷たくなっており、美味しくなく、口にすると惨めな思いになるスープだった。だが、食べ頃を過ぎたのはぼくが上の空になっていたからであり、作ってくれたリフレの腕が悪いわけでは決してない。

 

 彼も、ぼくを不思議そうに見つめている。

 

「今日も歩きますよ。しっかりエネルギーを蓄えておいてください」

 

 リフレは、すでに食べ終わっており、牛の毛並みを整えている。

 

「ご馳走様」

 

 ミアは、今食べ終わったようで、空の食器を片付け出す。木製の食器、ブルーノならば、たやすく作れてしまうのだろうか。

 

 ふと、口の中がピリッとした。また、妙に額の辺りが汗ばむようだ。

 

 気になってリフレに尋ねてみれば、スープに入っている薬味がからいのだそうだ。しかしその薬味を食することで、冷えを予防する効果があるらしい。寒い時期ということで、彼が気遣いで入れてくれたのだった。

 

 皆に遅れてようやく朝食を平らげると、ぼくも後片付けをし、キャンプを引き払い、出発する用意を整えた。

 

 まとめた荷物を牛車に積み込む途中、ぼくはふと、地面に落ちている木の枝が目に入った。長い枝で、近くの木のものだが、自分の背丈くらいある。

 

 おもむろに拾い上げて、両手で端の方を握り、剣のように構える。

 

 ミアが、けげんそうに「何してるの」、と尋ねる。

 

「いや、特に意味はないんだけど」

 

 振りかぶり、振り下ろす。

 

 しょせん木の枝なので、金属の剣のような重みがなく、手応えがとても薄い。

 

 ぼくはもういいと、ポイと投げ捨てる。

 

 風が吹く。冷たい風。

 

 空を見上げる。

 

 青空だった。だが、この低い気温にあって、どこかよそよそしく見える空だった。

 

 

 

 雨か雪が降らない内に、町に着かないと……。

 

 

 

***

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