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ぼくは短剣を持っていた。
ブルーノに買い与えてもらった、彼のいない今となっては形見同然のものだ。
一度だけ、この短剣で人を殺めたことがある。思い出すだけで身の毛がよだつようだった。
ひとを殺すということ自体は簡単だったかも知れない。武器で傷付ければよいだけだ。だが、後に残るすっきりしない感情が、始末が悪かった。
誰であれ、生きているのはみずからの人生である。その人生を、他人が断絶することは、途轍もない侵犯であり、相応の報いを覚悟しないといけない。
ぼくは、その目を盗んで背中を一突きして殺したあの見張りの賊に対し、何とははっきりしないけれど、確実に、重々しいものを負っている。
「――フリッツ?」
ふと、名前を呼ばれて、ぼくはハッと我に返る。
目を向けると、きょとんとした面持ちのミアが見える。
「あっ……」
「どうしたの? スープ、冷めちゃうよ?」
朝ごはんはスープだった。池の小魚を捕えて食用とし、後は木の実を適当に入れ、塩と胡椒で味付けした。
「ごめん」、とぼくは言い、手に持ってずっと下ろしていたらしい器を持ち上げ、中身に口を付ける。
「ちょっと、考え事してた」
スープは、冷たくなっており、美味しくなく、口にすると惨めな思いになるスープだった。だが、食べ頃を過ぎたのはぼくが上の空になっていたからであり、作ってくれたリフレの腕が悪いわけでは決してない。
彼も、ぼくを不思議そうに見つめている。
「今日も歩きますよ。しっかりエネルギーを蓄えておいてください」
リフレは、すでに食べ終わっており、牛の毛並みを整えている。
「ご馳走様」
ミアは、今食べ終わったようで、空の食器を片付け出す。木製の食器、ブルーノならば、たやすく作れてしまうのだろうか。
ふと、口の中がピリッとした。また、妙に額の辺りが汗ばむようだ。
気になってリフレに尋ねてみれば、スープに入っている薬味がからいのだそうだ。しかしその薬味を食することで、冷えを予防する効果があるらしい。寒い時期ということで、彼が気遣いで入れてくれたのだった。
皆に遅れてようやく朝食を平らげると、ぼくも後片付けをし、キャンプを引き払い、出発する用意を整えた。
まとめた荷物を牛車に積み込む途中、ぼくはふと、地面に落ちている木の枝が目に入った。長い枝で、近くの木のものだが、自分の背丈くらいある。
おもむろに拾い上げて、両手で端の方を握り、剣のように構える。
ミアが、けげんそうに「何してるの」、と尋ねる。
「いや、特に意味はないんだけど」
振りかぶり、振り下ろす。
しょせん木の枝なので、金属の剣のような重みがなく、手応えがとても薄い。
ぼくはもういいと、ポイと投げ捨てる。
風が吹く。冷たい風。
空を見上げる。
青空だった。だが、この低い気温にあって、どこかよそよそしく見える空だった。
雨か雪が降らない内に、町に着かないと……。
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