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夜が明けた。鼻がツンとする寒い朝だった。
ぼくは、ミアとリフレと、簡便に朝食を済ませると、城へ行く用意をした。といっても、多少身綺麗にする程度だった。
ミアとリフレには、ぼくに構わず行動するように勧めたが、彼らは同行すると言って聞かなかった。
やはり彼らには、ぼくが行うことの成り行きに興味があるに違いなかった。
ぼくとしても、誰もいないよりは、誰か付いてくれる方が、心強いのは確かであり、むげに断る必要などなかった。
「忘れ物はない?」、とミアが、すっかり引き上げる支度をして最後に聞く。
「ないと思う」、とぼくはもう一度身辺を確認して答える。
「でも、城に行くのに、お金とか要るのかなぁ?」
「要らないのではないでしょうか」、とリフレ。「従卒になるのに費用が必要だとは聞いた試しがありません。ただ……」
リフレが眉間にうっすらと皺を寄せ、手を口元にやって考える素振りをする。
「ただ、従卒には誰でもなれるわけではありません。適格というものがあり、その詳細は分かりかねますが、無論、騎士の弟子であるわけで、従って、肉体が健強であること、また、必要となる知識及び礼儀作法を身に付けていることが、まずもって求められることは間違いないでしょう」
そう言われて、ぼくは内心、すくんでしまった。じぶんが屈強であるとは言えないし、また、知識豊富でも経験豊富でもなく、ぼくは、今も今までも、ただの旅人の付き人でしかない。果たして、従卒として受け入れてもらえるのだろうか。不安だった。
その心境が面持ちなり態度なりに現れていたのだと思う。ぼくは物思う面持ちでがっくりと項垂れ、背が曲がっていた。
しかし引き返す道など、振り返っても、ありそうになかった。
と思うと、ふと、先般世話になったコンラートさんの老人らしいくたびれた相貌と、いつ戻って来てもよいという彼の温言が蘇って来、あるいは、その言葉の通り山奥の村へと帰り、彼に甘えるというのも、ひとつの選択肢かも知れない、などと考えた。
だが、その選択肢を今選ぶとすれば、ぼくはこの旅を帳消しにすることになる。確かに、時間の他、特には何も得ていないし失ってもいないけど、一度旅立つという決心をしたその決心を覆し、元いた状況に戻るというのが、どれほどのロスを意味するかをじっくりと吟味しなければならない。
ぼくやミアはまだ子供であり、出戻りをするにしても、みっともないとか情けないとか、そういう非難も恐らくないだろう。リフレも、ぼくが村に戻りたいといえば、決していい顔はしないかも知れないけど、許してはくれると思う。
そういう風に、ぼんやりと考えている途中、ポンと背中に手を置かれ、ぼくは半ばびっくりした。
「ミア?」
そばにいる彼女は、静かにぼくの目を見据えている。
「フリッツ」、とミアが呼びかける。「あなたの考えてるかも知れないことが、わたしには何となく分かる。戻りたいっていうんでしょう」
「別に、そういうつもりじゃ……」
と、ぼくは、歯切れが悪くなる。
「まだ、ブルーノさんが必要?」
彼女の言葉にトゲはなかったが、その問いは、ぼくの胸深くにグサリと突き刺さった。
「ブルーノは、もういないよ。死んだんだ」
「そうね。もういないわ。残念だけど」
「ミアの言わんとすることは分かるよ。だけど、ぼくひとりだけじゃ、まだ、ためらいなく何事もやるっていうのは無理なんだ」
「わたしは別に、あなたのためらいを否定したいわけじゃないの。わたしは」
彼女は、決まりが悪そうに俯く。
「――わたしは、あなたが大人になった姿を見たいのよ」
そうして、顔を上げる。凛然とした表情が、ぼくに向けられ、ぼくは、何だかドキドキする。
「だから、子供にかえろうするあなたの姿なんて、見たくないの」
あぁ、そうか。その通りかも知れない。
「分かったよ。ミア」
ぼくがそう恬淡と答えると、ミアが背中の手を下ろす。
ぼくの意はもう決した。逃げ込める穴を見つけて逃げ込もうとする小さい自分には、目を瞑った。
リフレは、静かに微笑んで見守ってくれていた。
どこまで行けるのだろうか。
そう、ぼくの魂は不安がっていたが、同時に、何か新しい時の到来を待望してもいたのだった。
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