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ぼくとミアとリフレが、フェノバールの広大な町を外縁より中央へ、城へと向かっている途中、道端に、立っている人影があり、何となく目に付いた。
鎧戸の下りた窓のそばに、その壁に背をもたせて、空の方に目線をやり、両手はズボンのポケットに突っ込み、とにかく、上の空でポカンとしているので、目に付いたのだろうか。
特に他の二人に彼へと注意を促すこともなく、ぼくは個人としての関心から、流し目でその様子を見ながら、その近くを通り過ぎる時、彼の背に負われた皮の鞘入りの剣を見、その鎧ではない軽装より、傭兵などの非正式の戦闘員だろうと憶測した。
年齢は、ブルーノと同じくらいに見えた。実際は聞いてみないと分からない。背格好も大体彼といっしょだった。
歩きながら、何となく首だけでちょっと振り返ってみると、ぼくは内心びっくりしたが、上の空の男は、僕の方を見ていた。
僕の後ろを歩くミアがきょとんとする。
だが、彼は特別目立った挙動を見せず、ぼくの方を見ているだけで、ぼくそのものを見ているのではないようだった。
ぼくの向かう方には、城がある。彼は、城を見たのだろうか。だとすれば、城に興味があるのだろうか。
いずれにせよ、彼はぼくにとって、赤の他人であり、気に掛ける意味はあまりないように思える。
だいたい半時間歩くと、この町を統べる軸である城の全貌が現れる。巨大で、堅牢で、複雑で、高層である。何棟もの塔があり、いくつもの窓があり、周囲に掘りを巡らしており、決して娯楽の場などではないことは明らかで、その造りからして、難攻不落であるに違いない。
ギルドハウスも、ぼくにとって、未だかつてないほど目覚ましい造りだったけど、城はその比ではなく、ギルドハウスの時か、あるいはその時より以上に、入るのに緊張した。
牛車は中へ入れなかったので、リフレとミアは、跳ね橋の手前で待っていることにし、ぼく単独で、橋を渡り、門番に事情を説明すると、ぼくが詐称した年齢をやや訝る嫌いはあったが、入城を許され、大きい扉が重々しく開かれた。
城の中は、じゃっかん薄暗く、ひとがいっぱいだった。エントランスには、男性も女性も見えたが、男性の方が圧倒的に多く、女性は、ぼくが目にする限りでは、皆、メイドだった。男性は、頭を頭巾ですっぽりと覆う者と、剥き出しにしているものがいて、多分、身分なり職業なりで装うものを異にしているのだと思われる。
誰も彼も忙しそうにして、ぼくが入城すると、一瞬目を向けるが、すぐに元に戻り、せかせかと動き始めるのだった。
従卒になりたいという旨を伝えたいのだが、伝えるべき相手が分からない上に、あらゆるひとが目まぐるしく働いており、呼び止めようとする気など、あっという間に挫けてしまうのだった。
勇気を出して声をかけてみると、男には睥睨で返されるし、女には、「邪魔」と一蹴された。
傷付いたし、ビクつきもしたぼくは、取りあえず歩き回り、まだ人当たりの柔らかそうなひとを探した。
すると、ひとりの若いメイドがおり、彼女はどこか悪いのか、のっそりと廊下の端っこを、目立つのが嫌だとでもいうように歩いており、他のひとほどはせかせかしておらず、ぼくから言わせれば、彼女は、隙だらけだった。数冊の書物を胸に抱いて、運搬の途中だったりするのだろうか。
「あの、ちょっとよろしいですか?」
ぼくがその目前まで行って、下から見上げるようにして呼びかけると、彼女はビクッとして立ち止まり、ぼくとの距離を適度にあけようと半歩ほど後退りした。
「はぁ」、とメイド。
すらりとした体付きではあるが、背が小さく、また、眉が常に下がっているという顔立ちのため、目付きが陰気臭かった。だが、そのぱっとしない感じが、今のぼくには好印象だった。
「従卒になりたくて訪れたんですが、どこへ行けばいいんですか?」
「従卒? あなたは、誰か懇意にしている方でもいらっしゃるのですか?」
「懇意にしている?――仲良くしているということですか?」
「えぇ、そうです。基本的には、従卒になられる方は、騎士どのがその決定をする習わしになっております。もしかして、ご存知なく……?」
ぼくは、意気が挫けて沈黙してしまった。ぼくには、仲の良い騎士も兵も皆無だった。
「そうでしたら」、とメイド。「中々、従卒というのは、難しいのではないかと存じます」
「そうですか。ハア……」
思わずぼくは、長嘆息が漏れた。
「わたしには、特に何もお役に立てることはございませんので、この辺で失礼いたします」
彼女はそう言うと、ぼくの礼も聞かずに一礼してそそくさと去っていった。
ぼくは廊下に突っ立ったまま、新しい課題に直面し、当惑していた。
騎士と懇意にすることが、従卒になるための手続きとして、必要だと、メイドは言った。
さて、どうすればいいだろうか……?
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