さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第20話

***

 

 

 

 目が覚めた時、目の前は真っ暗で何も見えなかった。

 

 知らぬ間に寝てしまったようだ。

 

 階下にある、宿屋をかねる居酒屋でたらふく食べた後、酒飲みのブルーノより、要らぬ心労を被らないため、早く部屋に戻ってきたぼくは、ベッドに大の字になったのだが、天井を見つめている内、意識が途絶えた。

 

 満腹感、疲れ、色々あったと思う。

 

 じわっと眉をひそめながらあえてゆっくりと目を開け、瞳が暗闇にだんだんと順応する。

 

 ぱっと隣を見ると、もう一つベッドがあって、そこでは、男がせわしなくいびきをかいているのだった。ブルーノだ。

 

 そっと起き上がって、近くに寄ってみると、猛烈に酒精のあの独特のきつい臭気がし、思わず顔をしかめた。まだ子供のぼくには、お酒のよさなどてんで分からなかった。

 

 だが、変な騒動――例えば、酩酊に気が大きくなったブルーノが誰彼なしに絡んで、その不遜さに相手が激怒し、乱闘になるなど、そういうことがあった形跡がなく、大人しく爆睡しているので、ぼくはほっとした。

 

 目が冴えてしまい、しばらく再眠出来そうにないので、ちょっと外出しようかなどと企ててみたが、流石に怖かったので、断念した。あるいは野盗がいて、身ぐるみを剥がれるか、最悪命を取られるかも知れないと危惧し、背筋が寒くなった。

 

 仕方なく、ベッドにまた寝転がり、何もかけず寝ていたぼくは、ブランケットを体にかけた。夏とはいえ、何もなしで寝ると風邪をひく(おそれ)がある。

 

 あれだけ振っていた細雨はもう上がったようで、点々と雨粒の付いた格子窓から覗いてみると、濡れた地面がぼんやりと、光というか、そのつやを反射しているのだった。

 

 フリッツ、と呼ぶ声がした。空耳だ。母の声だ。亡くなった母の声。生きていた時の残響が、時々耳にこだまする。

 

 その声に、悲しくなる時はもちろんあるのだけど、別に、どうということもないという時もあって、何だかよく分からない。

 

 生きたものは、死んだ者とは完全に離別するけど、心の中には、その像なり、声なりが残っていて、いわば生存しているわけで、ぼくはいつも、母との距離感が分からなくなる。父は生きていた頃の記憶がないので、完全な死者で、イメージも思い出もなく、そういう精神的邂逅や、偶発的想起はないのだけど、母や、牛舎で飼育し、よく懐いてくれていたし、こちらもよく世話をした牝牛などは、折に触れて、再会することがある。

 

 ……明日のことを考えよう。

 

 明日は、とりあえず、いつも村を訪れ、宿を取った時の例にならい、情報収集から始めるだろう。各地で起きている戦争、流行している伝染病、仕事の有無を聞いて回り、売買されている食物、武具、その他もろもろの道具、装飾品を物色する。

 

 色々とある。そう、色々と。

 

 ぼくは再び目を閉じた。すると、目蓋の裏の暗闇から、ゆっくりと、更に深い、まどろみの暗闇へと、降りていけそうだった。

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