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くしゃみが出た。多分、ずっと寒空の下で突っ立っていたせいだろう。
「だいじょうぶ?」、とミアが心配するように訊く。
「うん。平気」、とぼくは袖で洟を拭き、答える。
「油断は禁物です」、とリフレは、注意を促して言う。「風邪をひくかも知れません。後で、薬草を煎じてお飲みなさい」
薬は、あまり好きではなかった。苦い味がするからだ。
ぼくらは、また昨夜と同じ居酒屋に来ていた。
昨日いた給仕は、今夜はいなかった。ブレイズは、叙任式に出ているのだ。夜通し続くという。とても長く、ずっと待ってなどいられない。
「元気でなくなっては、出来る仕事が出来なくなります」
と、リフレ。
「そうですね」
と、ぼく。
ぼくは、朝のことを思い返していた。ぼくは、リフレとミアに対して、じぶんの感情にかまけて、拒絶的に振舞ったのだった。彼らの協力しようという心遣いを、無碍に断ったことが、今更、悔やまれたのだ。
「今朝は」、とぼくはもじもじと自信なく切り出した。「わがままを言ってごめんなさい」
「今朝?」、とリフレは心当たりがないように聞き返す。
「ぼくが、リフレたちをはねつけたこと、覚えていると思います」
「あぁ」、と、リフレはようやく合点が行った様子になる。「別に、気にしてなどいませんよ。誰でも、チャンスを目前にすれば焦るものです。逃したくないものがあれば、なりふり構わず、獲得しに行くべきです。ぼくらのことなど、無視しても結構です。あなたが後悔しないようにするのが、ベストです」
ミアは、何も言わなかったが、リフレといっしょに、微笑んでくれていた。
――ぼくは、見返りを求めない優しさに包まれていることを実感し、胸が膨らむ。あるいは軽蔑されているかも知れないという不安を含む反省の念が、その優しさ中に溶けて消えていき、ぼくはじぶんがちっぽけに感じられ、何だか申し訳なくなって、じんと来てしまう。
「心細い気持ちは、痛いほど分かるんです。ぼく」
と、リフレが意味深に言った。
「実はぼくも、フリッツさんと同じで、親を失くしているんです」
「リフレも?」
「えぇ、父と母の二人とも、病気でね。季節性で、また伝染性がある病気に、まず母が感染したのですが、父も、わたしと同じ薬師で、あれこれと薬剤を投与したんですが、効き目が乏しく、母は衰弱死しました」
「そうだったんだ……」
リフレも、ぼくと状況は違えど、辛い経験を経たらしいと知り、悲しい気持ちになる。
「ぼくは、父の助手のひとのところに隔離されていたのですが、結局父も同じ病気に罹って死にました。ぼくは孤児となり、大きくなるまで、助手のひとのもとで過ごしました」
――彼曰く、助手のひとは、リフレの父にとても恩義を感じて、幼いリフレの面倒をよく見てくれたそうだ。独り身の彼は、リフレに薬師の知識と技術を習わせた。リフレはリフレで、もともと家業を引き継ぐつもりだったので、熱心に、助手のもとで学んだ。
夜食を終え、部屋に戻り、ぼくらは寝る段となったが、ミアだけが先に寝、ぼくとリフレは、灯火を消さずに、しばらく夜更かしして話をした。ずっと、リフレの人となりについて知らないでいたが、こうしてじっくりと本人の口から聞けることが出来て、よかったと思う。
「ぼくは」、とリフレは話す。「今、治すことの出来ない病気を治せるように、新しい薬を研究して旅してるんです」
「リフレも、旅人だったんですね」
「えぇ。行商は、日々の糧を得るための仕事で、本来は、薬の研究が主なんです。助手のひとからは独立して、彼は、まだ村の薬師として、村の人々の病を治癒して暮らしていることでしょう」
彼はそう、懐かしがるように、遠い目で推測した。
――ブレイズは、まだ、城の中だろう。この世が明けるまで、叙任式は続くのだ。明け方、目覚めたら、頃合いを見て、また城へと足を運ぼう。
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