さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第204話

***

 

 

 

 その居酒屋では、ブレイズは給仕として働いていた。

 

 ところが、彼はただの給仕ではなかった。彼は騎士となることを志していたのである。

 

 騎士になるには、騎士道を重んじねばならない。武道に秀でていることは勿論、ひとと接する上で必要となる礼儀作法も知っていないといけない。

 

 更に言えば、騎士となるにはある儀式を経ねばならず、その儀式というのが、叙任式なのである。

 

 叙任式には、多額の費用がかかり、ブレイズは、そのために、給仕として働いていたのである。

 

 夜、ぼくはリフレとミアと共に居酒屋を食事のために訪れたが、事情を伝えてぼくだけ席を外し、ブレイズのところへ行った。

 

 彼は何か飲んでいて、透明のゴブレットに入っているのは、琥珀色の液体だった。一口だけ杯を傾けて飲むと、眉間にしわを寄せてしみじみと味わっており、どうやらお酒のようだった。彼はどのくらい飲めるのだろうか。ブルーノと比べて――。

 

「従卒というのは」、とブレイズはほろ酔いで言う。「小間使いといっしょなんだ。だから、お前にはおれの小間使いをしてもらう」

 

 ぼくは頷いた。断る理由など何もなかった。

 

 だが、実際に働き出す前に、ぼくにおいては、ブレイズに対して、聞いてみたいことが山盛りだった。メンドンという村で過ごしていた過去があり、同郷であるということから、彼の生い立ちも知りたかったし、騎士になろうと志した理由も知りたかったし、ぼくもリフレもミアも知らない、この世の中の情勢に関する、彼の見地からの意見や情報も、やはり知りたかった。

 

 だが、思うに、時間はたっぷりとあるのだろう。今この場で、ぼくの知的好奇心をそそる事柄のすべてを話題に上げる必要はないだろうし、そもそも、一度の食事で何もかも明らかにしようというのは、軽率で、性急に違いない。

 

 何にせよ、ぼくはこれから、ブレイズのもとで、従卒として働くことになるのだ。

 

 ぼくはぼくで聞きたいことが多過ぎて、ムズムズしたし、ブレイズはブレイズで、徐々に酔いが回り、そもそも彼が居酒屋で懇談しようと提案したのに、今ではもう、真面目に話すのがぼくには滑稽に思えるほどだった。

 

 やれやれと呆れ、彼と後日会う約束を結び、別れると、リフレとミアのもとへと戻った。

 

 リフレもミアも、ようやく道筋を見出すことの出来たぼくを祝福してくれたのだが、ぼくにとっては、面映ゆかった。

 

「本当によかった」、とミアが晴れ晴れしい面差しで言う。「一時は、フリッツが自信喪失して、ダメになっちゃうんじゃないかと思ったから」

 

「ハハ」、とぼくは自嘲気味に笑う。「じぶんでも、よかったと思うよ。安易に村に帰らなくて正解だった」

 

「おめでとう」

 

「うん」

 

「フリッツさん」

 と、リフレが食べていたパンを皿に下ろして言う。卓上には人数分のパンとスープとオレンジがあった。豪華では決してないが、不足はないメニューだろう。

「ちょっと、お話がありまして」

 

「話?」

 

「ミアさん」、とリフレは彼女に目配せすると、ミアはコクリと神妙に頷いた。

 

 いったい何だというのだろう。

 

「わたしたちは、これまで共に行動して来ました。あなたの御意思を尊び、旅に出たいという話に同意しました」

 

 ミアは、目を伏せ気味にして、両手を膝に置き、黙然としている。

 

「そうして」、リフレが続ける。「晴れて、あなたは目的とする仕事をお見つけになった。もう、わたしの庇護は必要ないでしょう」

 

「えぇ」、とぼくは頷く。「リフレの負担になることはないと思います。といっても、ぼくは単に、新しい別のひとのもとへ移るだけで、内実はあまり変わらないでしょうが」

 

「フリッツ」、とミアがふと、呼びかける。「わたしもね、見つけたの、仕事」

 

「本当?」、とぼくは驚嘆した。「いつの間に?」

 

「フリッツがたびたび城に行ったでしょう。その間、わたし、ひとりであちこち回って、探したの」

 

「そう。ミアはすごいなぁ」

 

「ううん」、と彼女ははにかむ。「また、服屋さん。やっぱり、わたしにはこのお仕事しか出来そうにないもの」

 

「謙遜する必要なんてない。これなら出来るっていうことがひとつでもあるのは、素晴らしいことだよ」

 

 リフレは、ぼくたちの話の間、にこやかに穏やかに聞き手に徹していた。

 

 その彼が「なので」、と切り出す。「わたしは、この町を離れようと思います。この町の薬屋は隈なく巡ったし、この辺の植生を調べ、薬草の分布を確かめもしました。またよそで、研究を進めたいのです」

 

 ――だが、彼にとっては、まだ幼いぼくとミアを二人だけで置き去りにしていくということが、とても心苦しく、あるいは罪深いことなのではないかという疑懼があるのだった。

 

 ぼくとミアは、共々もうだいじょうぶだから、安心して旅立ってくれればよいと言ったが、中々踏ん切りが付かないようだった。

 

 つくづく、リフレは親切なひとだとしみじみぼくは思った。

 

 彼はためらいを払い切れない感じで、とりあえず旅立つことを決したが、しばらくはフェノバールに逗留しているつもりだと言った。

 

 

 

 ぼく、ミア、そしてリフレ――三人それぞれ、みずからの道を見出し、別々に歩いていくのだろう。

 

 ぼくとミアは、リフレと別れ、ぼくは騎士の従卒として働き、ミアは、経験のある服屋での仕事に就く。

 

 

 

 ぼくらがいっしょに歩んできた道は、岐路に繋がったのだった。

 

 

 

***

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