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ひとりの男が、「ハァ」と、ため息を吐いた。憂鬱に沈んでいるようだった。
彼は、盗賊であり、エルの仲間で、バルビタールに傭兵として雇われ、戦地へと赴き、嫌々ながら、前線に身を置いて戦っている。
だが、エルほど勇猛ではないので、彼は、すっかり逃げ腰なのだけれど、盗賊に備わる性質からか、逃げるのは得意で、現在に至るまで、死なずに済んでいる。他の者で生き延びている者も、大抵そういう具合だった。
エルは、クロロを含む彼の仲間と、馬車の荷台に乗って、戦地より帰る途上だった。
本当は、傭兵には馬も馬車も与えられないし、エルたちももともと馬を所有していなかったので、下級の兵士と揃って、徒歩で帰らなければならなかったのだが、すいている馬車を探して、乗り込んだ。
ちょっとした事情があったのだ。
馬車は正規の兵専用のもので、傭兵のためのものではないのだが、エルが乗り合うことを兵に要求し、兵は嘲笑と共に、けんもほろろに突っ撥ねた。
だが、その程度で引き下がるようではプロの盗賊として情けないというわけで、エルは兵の胸倉を掴み、みずからの戦績をアピールし、殺気を帯びた目付きで凄んだところ、兵は恐怖を覚え、エルたちが馬車に乗り込むことを許可した。
便利で安楽に移動できる馬車に揺られながら、ベンチに腰掛けるエルは、頭の後ろに手を組んで、足も組んでくつろいでいたが、ため息を吐いた彼の仲間の男が、ふと、「アニキ」、と伏し目がちにエルに呼びかけた。
「一体いつまで、この生活が続くんでしょう。おれ、もう疲れちゃいやした」
「バルビタールが戦争する限り、ずっと続くだろうよ」
脚を開き、腿に肘を突いてズンと沈んでいる男はまた「ハァ」、とため息を吐いた。
「確かに、盗賊も大変は大変でやすが、戦争はもっと大変でやす。奪うのは金品じゃなくて、命でやすから」
「お前が仕事を選べる立場にあるのなら、傭兵も盗賊もやめちまえ。俺は止めないし、お前の好きにすればいい」
「……」
男は、返す言葉もなかった。馬車の中に連なる他の仲間たちは、エルたちの会話に加わらないものの、黙ってしっかりと耳を傾けていた。彼らは気まずそうに目を伏せていたが、ひとりクロロだけは、顔を上げ、エルの方へと目をやっていた。
「アニキはいいんでやすか。兵士どもといっしょに戦うなんて」
「実入りがいいんだ。盗賊として、どこかの村に、夜中にこっそり忍び込んだりして盗むみみっちいお宝なんぞよりずっといい」
「お金だけじゃ、おれたちは生きていけないでやす」
「生きていけないのなら、くたばるだけだ」
「アニキみたく、そうやって割り切って腹を括れればいいのでやすが……」
「まぁ、おれも別に、ずっと傭兵をやっていようとは思わない。あくまで、当面の座興に過ぎない。座興というには、やや血なまぐさ過ぎるがな――」
会話はひとまず終わった。男はずっと、みずからの生活の今後について考え込み、エルは、腕組みして居眠りし始めた。他の者も、口を噤んで、馬車は静かだった。
クロロは、エルの寝姿をじっと見つめ、その目の周りが、うっすらと黒ずんでおり、また、居眠りで半開きの彼の唇の、微かに血の気の足りない薄紫色を見ると、彼がお金を稼ぐ反動として生じる心労が、すでに少なからずたまっていることが、容易に察せられるのであった。
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