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あらゆる国々に、それぞれ独自の歴史があるように、バルビタールにも、やはり歴史があった。
どういう起源を持ち、どういう変遷を経て今に至るかというその経緯の記録が、残っている。
その保存と管理は、王族が司っており、バルビタールの王家として生まれた者は、大なり小なり、みずからの血の重みを感じ、しかし、その責を担わなければいけない。
かつて激しい戦争があり、その戦争はしかし引き分けに終わった。
限界まで消耗した両軍とも、這う這うの体で撤退し、その内の一方が、丘陵地帯へと逃げ、元は何もないところだったその土地に、社会を作り、政治を行った。
軍の中に、ひとり卓抜した勇者がおり、彼は仲間に慕われ、また崇められ、その丘陵地帯で、王に祭り上げられた。
彼は王として君臨し、法律を作って人々を統治し、文明を開いた。バルビタールの起こりである。
王はワンマンで政治経済を担ったが、やがて寿命が訪れた時、三人いた子供たちに、跡目を託した。
次代になると、全て男児だった子供たちは、争いを好まず、ひとりの王による専制をやめ、三人それぞれに互いに対等の権力を付与し、裁量の分立を試みた。
彼らは緊密に連帯して社会を運営し、決して平和ではない時代で、力がなければ滅びる戦乱の時代にあって、着々と領土を広げ、経済的に豊かになり、人口を増やしていった。
すると、領民が政治に加わりたいという欲が出て来、王族と領民の対立が始まった。
王族は、国全体の調和を重んじて、領民を弾圧することなどはせず、領民の内、商人や職人などの団体からそれぞれ何人か代表として、彼らに選ばせ、議会を開くようになった。王政が民主政に変わったということだった。
最初三人いた王の子孫たちは、みずからの血統からの重圧より、後継者を設ける義務を感じていたが、人生は必ずしも、成功だけを約束することはなく、三人の内、ふたりが病死して血族が途絶え、残りひとりだけとなった王族の子孫が、今のバルビタールの王なのであった。
社会における各層の平等が守られ、議会制民主主義は、打ち破られずに今日まで続き、王がまずおり、その側近の官吏がおり、代議制で選ばれた領民の代表者たちがいた。
バルビタールは、平和で、豊かで、とても住みよい国といえる。暴君が圧政をはたらいたこともなく、領民が反乱を起こして、軍事クーデターを図るといったこともなかった。
だが、王と『教団』との話し合いより以後、この国においては、急速にその国勢が転変しているようだった。政権の中に、何かが介入したようだ。
今まで緩やかだった時代の流れが、荒々しく変わり、その向かう先が何なのか、領民は勿論、王にすらも、分からなかった。
この国の実権を掌握した、老いた導師とその一団だけが、真相を知っているようだ。
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