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一時休戦の夜が明け、鐘の音を合図に、戦争はリスタートした。
一夜分、休んで活力を回復したバルビタールと相手国は、また戦火を交えた。傭兵のエルたちは前線へと出撃し、命を賭した仕事に、厳粛に臨んだ。
相手国の堅牢な守備と激しい抵抗に苦戦していたバルビタールだったが、いよいよ投石器を用意し、その投石器が放った一個の岩が、ずっと無傷だった城壁に、地響きと共に風穴を開け、その穴を通って、攻め手のバルビタール兵たちが進入した。
歩兵たちがまず進攻し、朗々と鬨の声を上げ、その後、どんどん続いた。
城の手前の深い森の一隅に陣取る宗教騎士団の司る統帥部は、もともと勝ち戦と踏んでいたが、思いの他手間取ってジリジリしていたところに、ようやく勝機を見出すことが出来、安堵するようだった。
――最前線に出て相手と激しい攻防を繰り広げているエルたちは、金目のものを盗む余裕などまるでなく、死に物狂いで抵抗する相手の勢いに、油断すれば打ち負けてしまいそうだった。
相手の中には、兵ではない、一般の市民らしき者がいて、女だろうが、子供だろうが、関係なく、誰も彼も、攻めてくる外敵を退けようと必死に戦っていた。
ちょっとでも気を抜けば、背後から駆けてくる相手国の騎兵に槍で貫かれてしまいそうで、常に緊張が張り詰め、精神的ストレスが相当ひどかった。
「――ったく。本当に捨て駒っていうことかよ、おれたちは」
統帥部には作戦らしい作戦があるのだろうが、どういう作戦であろうと、犠牲になるのは一番前で敵と向かい合っている雑兵であり、エルは、だんだんとみずからにかかる負担が嫌になってきていた。
中には逃げる者もいる。当然だ。この戦いに――否、戦いそのものに対して、命を賭すに値すると本気で信じることの出来るものがいったいどれだけいるだろう。大義のある美しい戦争など皆無だ。あらゆる戦争は全て、侵略であり、圧伏であり、正義をもっともらしい言い訳にした加害なのである。
末端の兵など、使い捨ての、簡単に代役を調達出来る消耗品でしかない。
平地などでおこなわれる合戦とは、町中での戦いは勝手が違い、とにかく見通しが悪く、両軍入り乱れて、各個撃破を余儀なくされた。
エルは別に、この町の住民に対して殺意は、毫末もなかった。彼が殺意――ないしは反感を持つのは、上流にあって暖衣飽食を貪る貴人連中であり、一般庶民に対しては、何ら劣情は持っていなかった。
だから、エプロン姿の夫人が包丁などを持って襲い掛かってくると、そこはかとない悲壮感を覚え、逃げてしまうのだった。
むしろ、無風地帯である本陣に居座って余裕しゃくしゃくと指揮している宗教騎士団の連中こそ、殺すべき相手ではないのか、と、エルはふと考えてみたりした。
――だが、奴らは金を報酬としてくれる。しかも、相当の額だ。奴らは大金を持っている……
エルは冷静になり、反逆することを断念した。
激しい渾沌とした戦場で、エルは致命傷こそ負わなかったものの、棒で打たれ、刃物で切り傷を被り、段々とダメージを重ねていき、いよいよ潮時を見定め、戦場から退避することにした。仲間のことは考慮に入れず、とりあえず自分がまず脱出することが先決と、ごちゃごちゃした中を縫うように駆け抜けた。
戦災を免れた町の狭い一隅に差し掛かると、エルはある物陰に、少年を見つけ、歩を緩めた。クロロと同じ背丈で、五、六歳というところだろう。どうやら彼は隠れているようだった。
彼は樽の集まるところに小さく縮こまって座り、泣きべそをかいている。親はどうしたのだろう。
その様が、あまりにも哀れで、エルはいたたまれない気持ちになった。
だが、後ろから追っ手か何かの気配を感じ、彼は再び疾駆した。
――戦争というのは、兵にとって、果たして金銭の報酬だけで釣り合う仕事なのだろうか。間尺に合わないことを、じぶんたちはやっているのではなかろうか?
そういう風に、盗賊の首領は、考えてみるのだった。
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