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その家は、ある木立の中にポツンとたっていた。
木の破風屋根の家で、木材はほとんど白くなり、老朽化が目に付く。いかにも、廃屋という感じだった。
やや傾いでもおり、ひとがまともに居住するには全く相応しくないが、その相応しくないことを好都合と捉える者がおり、エルは、そのひとりだった。
草はボーボーに生えていて、ひとの気配は少しも認められず、元々住んでいた住人は、どういうわけでこういう風に孤立した住まいに住んでいたのか、そのわけは知らないが、結局、賊がひっそりと隠れて生活するには好適だった。
中に入ると、埃っぽいにおいがし、隙間風がややあり、寒い時期は厳しかろうと思われた。永住するわけではないが、今が秋で、次に冬が来るので、多少の補修は必要のようだった。
エルたちは、全員、馬を下り、早速アジトの設営に取り掛かった。
その辺に落ちた木材を拾って再利用し、朽ちて出来なければ、木立の木を斧で切り倒して手早く木の板を作り、隙間のあるところに釘を打ち付けて接合し、覆った。
暖を取るためには、七輪を用いた。暖房としては暖炉が最適なのだが、煙突からの煙が人目に付くことと、古木の家が燃えることが危ぶまれた。
早速、エルは七輪に薪を詰め、着火した。煙は鎧戸を開けて外へ逃がした。
アジトの一番広い部屋の中でエルとクロロと、仲間たち数人が、七輪を囲う。全員、しみじみと小さく弱いけれど、ほのかに暖かい火焔の揺らめきに見入り、うっとりとし、くつろいだ。
「この家は、もともと誰が住んでいヤしたんでしょう?」
と、ひとりが尋ねる。
「世捨て人か何かじゃないか」、とエル。
「もう死んだんでしょうか」
「骨とかが見当たらないし、死んだとしても、ここじゃないだろう。木の家なのに、脂のシミもないし」
エルが食べ物を仲間に配る。腸詰だった。町で買ってきたもので、肉は、彼らにはご馳走だった。
だが、どこか皆、口へ運ぶ手が重いのだった。
「アッシら」、と、仲間が物思う風に言う。「いったい、何者なんでしょうね」
「――。」
エルは腸詰をかじって、何も答えず、沈黙で返す。
薄暗い室内が、七輪の火影でほんのりと明るい。
彼は、仲間の発言を切っ掛けに、過去を追憶したのだ。
意地悪だった女――母を思い返す。我が子を愛するどころか、陰険に扱ってないがしろにし、人格は尊敬に値するどころか、はっきり言って醜悪だった。
だが――今となっては、エルにしてみれば、あの母だった女の苦悩が、何となく、分かる気がするのだった。
彼女は、あまりよい待遇で働いておらず、かといってよりよい待遇を求められる能力も人柄もなく、でも、働かなければ食べていけないというその必要性から、働いていた。子供など枷でしかなく、そうしようと思えば簡単に育児放棄することも出来たし、何なら首を絞めでもして殺すことは、子供が相手なら、たやすい。
だが、彼女はそうしなかった。一抹の義務感といったものが、かろうじて、彼女にはあったのだろう。
エルが激しい憎悪と悲嘆と共に、シンパシーを覚えなくもないのは、その義務感をおのれに認めることの苦悩であった。
まずは幼い頃を思い出し、そして早くに働きに出、色々と職業を経験した彼は、仲間の発したアイデンティティへの問いに、ふいにしんみりと考え込んでしまったのだった。果たしてじぶんは何者なのだろうか。自己実現をしたいとして、その目標は何なのだろうか。
「まだ、戦いに出るんでヤすか?」、と仲間。
「いや」、とエルは、ぼんやりとした眼差しで答える。「しばらくは休む。ちょっと考えたいんだ」
カネはある、と彼はボソッと呟いた。
七輪の火勢が弱まり、ひとりが薪を加え、棒で掻きまわす。すると、火の粉が舞い、細かい灰が散る。煙が一方に流れ、誰かが咳き込む。
一旦死んだのと同じ命なのかも知れない、と、エルは思った。恵まれた出自ではなく、望まれた人生というわけでもない自分の生は、いったいどういう風に展開していって、どういう結末に落ち着くのだろう。
鎧戸の向こうの外が暗い。もう日暮れだった。
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