さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第213話

***

 

 

 

 その家は、ある木立の中にポツンとたっていた。

 

 木の破風屋根の家で、木材はほとんど白くなり、老朽化が目に付く。いかにも、廃屋という感じだった。

 

 やや傾いでもおり、ひとがまともに居住するには全く相応しくないが、その相応しくないことを好都合と捉える者がおり、エルは、そのひとりだった。

 

 草はボーボーに生えていて、ひとの気配は少しも認められず、元々住んでいた住人は、どういうわけでこういう風に孤立した住まいに住んでいたのか、そのわけは知らないが、結局、賊がひっそりと隠れて生活するには好適だった。

 

 中に入ると、埃っぽいにおいがし、隙間風がややあり、寒い時期は厳しかろうと思われた。永住するわけではないが、今が秋で、次に冬が来るので、多少の補修は必要のようだった。

 

 エルたちは、全員、馬を下り、早速アジトの設営に取り掛かった。

 

 その辺に落ちた木材を拾って再利用し、朽ちて出来なければ、木立の木を斧で切り倒して手早く木の板を作り、隙間のあるところに釘を打ち付けて接合し、覆った。

 

 暖を取るためには、七輪を用いた。暖房としては暖炉が最適なのだが、煙突からの煙が人目に付くことと、古木の家が燃えることが危ぶまれた。

 

 早速、エルは七輪に薪を詰め、着火した。煙は鎧戸を開けて外へ逃がした。

 

 アジトの一番広い部屋の中でエルとクロロと、仲間たち数人が、七輪を囲う。全員、しみじみと小さく弱いけれど、ほのかに暖かい火焔の揺らめきに見入り、うっとりとし、くつろいだ。

 

「この家は、もともと誰が住んでいヤしたんでしょう?」

 

 と、ひとりが尋ねる。

 

「世捨て人か何かじゃないか」、とエル。

 

「もう死んだんでしょうか」

 

「骨とかが見当たらないし、死んだとしても、ここじゃないだろう。木の家なのに、脂のシミもないし」

 

 エルが食べ物を仲間に配る。腸詰だった。町で買ってきたもので、肉は、彼らにはご馳走だった。

 

 だが、どこか皆、口へ運ぶ手が重いのだった。

 

「アッシら」、と、仲間が物思う風に言う。「いったい、何者なんでしょうね」

 

「――。」

 

 エルは腸詰をかじって、何も答えず、沈黙で返す。

 

 薄暗い室内が、七輪の火影でほんのりと明るい。

 

 彼は、仲間の発言を切っ掛けに、過去を追憶したのだ。

 

 意地悪だった女――母を思い返す。我が子を愛するどころか、陰険に扱ってないがしろにし、人格は尊敬に値するどころか、はっきり言って醜悪だった。

 

 だが――今となっては、エルにしてみれば、あの母だった女の苦悩が、何となく、分かる気がするのだった。

 

 彼女は、あまりよい待遇で働いておらず、かといってよりよい待遇を求められる能力も人柄もなく、でも、働かなければ食べていけないというその必要性から、働いていた。子供など枷でしかなく、そうしようと思えば簡単に育児放棄することも出来たし、何なら首を絞めでもして殺すことは、子供が相手なら、たやすい。

 

 だが、彼女はそうしなかった。一抹の義務感といったものが、かろうじて、彼女にはあったのだろう。

 

 エルが激しい憎悪と悲嘆と共に、シンパシーを覚えなくもないのは、その義務感をおのれに認めることの苦悩であった。

 

 まずは幼い頃を思い出し、そして早くに働きに出、色々と職業を経験した彼は、仲間の発したアイデンティティへの問いに、ふいにしんみりと考え込んでしまったのだった。果たしてじぶんは何者なのだろうか。自己実現をしたいとして、その目標は何なのだろうか。

 

「まだ、戦いに出るんでヤすか?」、と仲間。

 

「いや」、とエルは、ぼんやりとした眼差しで答える。「しばらくは休む。ちょっと考えたいんだ」

 

 カネはある、と彼はボソッと呟いた。

 

 七輪の火勢が弱まり、ひとりが薪を加え、棒で掻きまわす。すると、火の粉が舞い、細かい灰が散る。煙が一方に流れ、誰かが咳き込む。

 

 

 

 一旦死んだのと同じ命なのかも知れない、と、エルは思った。恵まれた出自ではなく、望まれた人生というわけでもない自分の生は、いったいどういう風に展開していって、どういう結末に落ち着くのだろう。

 

 

 

 鎧戸の向こうの外が暗い。もう日暮れだった。

 

 

 

***

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