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冬へと変わっていく季節において、幾分か遊戯としての一面を持つ戦争は、暖かい季節ほどには、盛んではなくなったように見えた。
日暮れが早くなり、その分戦争の中断も早められた。遠征も、寒い季節となれば、現地での食料の調達が困難となるので、積極的には出来なかったし、貯えを持ち出すということも、勝利の保証がない以上、安易には出来なかった。
ある日、傭兵へと復帰したエルたちに、お達しが下った。彼らは、バルビタールを出て、過日戦勝によって手に入れた新しい拠点(兼領地)へと移るよう、言われたのだった。
お金のためと割り切っていたエルは、特に抗弁もせず、唯々諾々と聞き入れ、近く出発する輸送体の護衛を兼ねて旅することとなった。
もともと、彼は、バルビタールのように垢抜けた都市が、あまり好きではなく、どちらかといえば、鄙びた村などの雰囲気が、趣味に適っていた。
彼の人生の、数少ないよい思い出は、そういうのんびりした環境と固く結び付いており、都市とは、遠く隔たっていた。もう城とか王宮などの偉観を目にするだけで、彼は反感でむかっ腹が立ってくるのだった。
エルたちが移動を命ぜられた土地が、果たして彼の趣向に合っているかどうかというのは、実際に行ってみないと分からないが、取りあえずバルビタールを離れられることを、彼はよしとした。
もう冬が間近なので、当地に付いたら、以後は、少なくとも雪がとける季節までは、滞留するということであった。
出発の日、居酒屋の給仕の女や、水商売の女と個人的に仲良くなった賊たちが、当日の朝、ずいぶん不服そうに、輸送体とエルたちの並びに、彼らと同様、乗馬して連なった。
ところが、彼らが懇意にしているつもりである相手の女は、見送りに来るということもなく、結局のところ、彼らは、女と仲良く出来ているという思い込みがあっただけで、彼女らにしてみれば、賊たちは、ただの陽気で気前のよい客であり、勿論、恋人などではなく、商売において都合の利く、赤の他人なのだった。
「アニキ」、とひとりが呼びかける。「おれたちゃ、傭兵ですぜ。なんで正規の兵でもないのに、移動の命令なんか聞いてやらなきゃいけないんでヤすか。この町にいて、動員の命があれば出ていけばいいだけなのに」
「おおかた」、とクロロを後ろに乗せたエルが答える。「この国の近辺はおおむね攻略し尽くしたといったところだろう。未開拓の領域へ近付いて、拠点の守備力も上げる、という具合に違いない」
「アジトはどうするんでヤすか。せっかく拵えたのに」
「縁があれば戻ってくる。後は残った奴らでどうにかやっていくだろう」
――静まれ!
突然、怒号が響き渡り、空気がピリッとしたものに一転した。
エルたちは口を噤み、正面を向いた。
すると、最後方にいるエルたちにはよく見えなかったが、隊列の向こうに、
馬車の外装は、金色に塗られるなどして華美であり、窓を通して、真紅のソファに、誰か座っているらしいことが見て取れた。
一目で、重要人物であることが分かる雰囲気であった。馬車のそばにはいかめしい護衛の兵が複数付いている。
馬車の扉が開き、中から、祭服らしきものをまとったひとりの男が下りてくる。髪の白い、老人らしく、彼は用意してあった台に上った。
エルは、よく目を凝らして、彼の動向を、遠くから見える限りにおいて、じっくりと観察した。
老人のまとっているオーラが異様で、只者ではないことが察せられた。いかめしいとか殺意が滲み出ているとか、そういうことは全然なく、むしろ常に柔らかい微笑みを浮かべているのだが、何か見過ごすことの出来ない、計り知れない何かが、老人の内に感じられた。
台の上で、彼は手を上げ、その素振りは、しばらく静聴するようにと注意するようだった。見れば、周りの正規兵たちは、揃って色を正し、ピンと背筋を伸ばしてこうべを垂れ、すっかり感服している様子だ
――皆様のお陰で、バルビタールは日々、着々と、国力を増しております。この場を借りて、感謝申し上げます。
老人は深々と頭を下げる。
――平和への道のりは、まだまだ長く、また険しいものです。ですが、決して挫けずに前進していけば、いずれ必ず辿り着くことが出来ます。信じましょう。
エルの耳に、彼の言葉がはっきりと届いたかどうか、分からない。
――この世に自由をもたらすため、迷誤を解いて巡るのです。楽園は、決してあの世ではない。この世に、現実の楽園を創成するために、これからも、力を合わせて頑張っていきましょう。
スピーチは、終わった。
老人の雰囲気がそうしたのか、エルは、彼のことが気になった。
普段であれば、彼のように品がよく知的に見える者に対しては、エルは、いけ好かない上流の貴族だと反感を持ってムカムカするだけだったが、今、エルの目には、あの台の上で朗々と弁舌を揮う老人が、とても優しそうに見え、彼を惹き付けた。
昔、よく慕っていた大工の親方も、同じように優しく笑っていて、エルは、あるいは、ずっと、その面影を追い求めていたのかも知れない。
――後ろから覗き込んで見ている幼いクロロは、エルの半ばうっとりとした表情に、うっすらと、不安を覚えるのだった。
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