第220話
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邪悪なものが存在している――。
その日は、雪だった。それも、大雪だった。
真冬のグルンシュロスの城下町は、一面、銀世界となり、ひとびとの行動は、限定的となり、活気があまりなかった。彼らの多くは、寒さを憂えて屋内にこもり、戸や窓をあまねく閉じ、暖炉に大量の薪をくべて火を燃やし、体温を保っていた。
とはいえ、街道と直通する城下町は、こういう日和でも、ひとの出入りがあり、天気が悪いからといって、商店や公共の施設が完全に休業するということは、よほどの事情がない限り、ないのだった。
オットーもその例に漏れず、飛脚として、おのれの任務に従事していた。防寒帽をかぶり、コートを羽織って東奔西走している。晴天だろうが、雨天だろうが、嵐だろうが、届けられる荷物は毎日発生する。雪の日ももちろん、例外ではない。
彼が、うだつが上がらず、飛脚の商売が繁盛しないのは、相変わらずだが、彼の能力以前に、城下町の政治が問題だった。武官が権勢を握っており、軍が幅を利かせているのである。パレードはやはり頻繁に行われるし、軍に対する異議、申し立ては厳禁となっている。
邪悪なものとは、ひとびとの自由を脅かすものだ。何者かが覇権を追求し、その力でもってひとびとを圧服しようとする――。
オットーは、みずからが受け持つ荷物の内のひとつに目を留めた。宛先が、城下町から、少し離れた村だった。彼が以前、行ったことのあるところだった。宿場町を経由しないといけないほどの距離があり、輸送は日を跨ぐと思われる。雪のせいで、届けるのが遅れるかも知れない、と、彼は考えた。
その村は、住人が少なく、営まれている仕事も農業や軽工業などの原始的なものばかりの村で、大国が目もくれないほどのところだ。
きっと、『何者か』の眼中にも、その村はないだろう。『何者か』は、脅威となり得る要素を持つ国にしか関心がない。
城下町は、『何者か』の本拠地ではない。バルビタールという王都が、どうも怪しい。新兵が来るのは、いつもバルビタールからだ。
オットーは、城下町のひとびとが、城政に対して不信感を持っていることが、うっすらと分かっていた。というよりはむしろ、彼らと不信感を共有していた。だが、一方で、その不信感をあらわに出来ない事情も分かっていた。彼は気になって、両親にいつか反乱が起きるかも知れないと示唆してみたが、父も母も、しおしおと萎縮して首を振り、偉い者の言に従うことを是とするよう、促した。オットーは味方を得られず、がっかりするようだった。
前にいっしょに旅した少女のリーザが、今どうしているのか、元気なのか、彼には気になったが、出歩く時間帯の違いからか、遭遇しなかった。
今の状態ではよくない、自由を取り戻すために行動するべきだ、とは内心で思いながらも、有効となる手立てがまるで思い付かず、また、生来があまり勇敢でないという気質から、オットーは、だらだらと、パッとしない飛脚の生活を続けるしかないのだった。
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『作者追記』
しばらくの間、ハーメルン外の作品を主軸に書いていきたいので、今後、本作の更新は、以前と比べてかなりまばらになるかと思われます。はっきりとした期間は分かりませんが、きっと長いだろうと予測されます。連絡事項があれば、また後書きの場を借りてお伝えしたいと思います。
よろしくお願いします。