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オットーにとって、飛脚の仕事において、遠出となるものは、勿論、気乗りしないことが多々あったものの、常にいくばくかの旅情を帯びていて、ツラいばかりの苦役ではないのだった。
従って、今回の短期の逗留を含む寒村への荷物の配達も、やはり彼にとっては、一抹の悦びがあったし、そもそも、今の城下町の息苦しい雰囲気より一時でも離脱出来るというのは、ある種救いであった。
彼は仕事を早めに切り上げ、家に帰ると、翌日の支度をした。
冬ということで、まず防寒具が要った。手袋に厚い靴下に、チュニックに重ねるゆったりとした布のオーバー。短剣は、いざという時の護身用に必要だが、未だかつて使った経験はなく、手入れもマメにされていないので、刀身はポツポツと点錆が浮いており、切れ味は中々あやしい。角笛は、目的地に着いて吹き鳴らすことで、荷物を待っている客への合図とするために持っていく。
同居する親にしてみれば、オットーの旅は、飛脚として珍しいことではなく、すでに何度も彼を見送っているが、やはり些少の顧慮があり、毎度せっせと荷造りをしている息子に対し、惜別の言葉をかけてやるのだった。
「また遠出かい?」、と母。
まだ背筋はピシッと伸びているが、長いくせ毛の髪には白髪が混じっており、頬の弛みなどと相俟って、相応の年齢を偲ばせる。
「うん」、とオットーは、革袋にあれやこれや詰めながら、応じる。
「今度はどこに行くの?」
「何だっけ、名前は忘れたけど、ちっちゃい村さ」
「そう。気を付けて行きなさい。冬の旅は、厳しいものだから」
「分かってる」
オットーの母は、オットーの父である旦那が遍歴職人だったことから、旅の経験は少なからずあり、事情にある程度通じているのだった。
「父さんは? 家にいないみたいだけど」
「さぁ? 多分、あの人また飲んでるのよ。ヒマがあればすぐに居酒屋に行くんだもの」
「ストレスでも溜まってるんじゃないか」
「でしょうね。最近、暮らし向きがよくないから」
「ぜんぶ城政のせいさ」
「ちょっと。あんまり言うと、衛兵に捕まるわよ」
「……」
母の制止に、オットーはぼやきをやめて押し黙って怒気をこらえた。
果たして――オットーはぼんやり思った――自分たちは、こういう風に、何かに対する不満を表出することすら、忌むべきこととして、禁じられているのだろうか?
「オットー、これ」
暫時離れていた母が、小さい革袋を持ってくる。
「何それ?」
「お腹が空いたらお食べなさい」
二十歳を超えて、まだ親の世話を受けてその利を享受していることに、オットーはいささかの劣等感があったが、やはりみずからを支えてくれる存在というのは、とてもありがたいものだった。
母が革袋を開けて見せたが、中には干し肉が入っていた。塩蔵のもので、塩辛いが、噛み応えがあり、空腹を紛らわすのに好適だった。
オットーは照れくささと共に軽く礼を言い、その後、旅の準備を万端としたのだった。
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