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圧政はいつの時代にもあり得る。権力者がその力を濫用し、人民をいたずらに苦しめるのだ。
圧政が布かれる時、屈従する者と、抵抗する者とが現れる。時代に与するか、敵対するかで、彼らの運命はくっきりと分かれる。
より強い方が生き延び、力を獲得し、時代を構成する。反対に、より弱い方は、打ち滅ぼされるか、逃亡するかし、強者の世界より排除され、消えていくのだ。
薬屋のレックスが生きる戦乱の時代は、ある時、降って湧いたように登場した『真光教』という宗教結社が勢力を増し、とうとう彼の住む城下町をほぼ掌握した。
レックスは賢者ではあったが、強者ではなかった。高い地位に付いているわけでもなかったし、戦闘に長けた武人というわけでもなかった。彼はただ、薬品の研究に打ち込み、薬の売買をして生活するひとりのしがない薬屋に過ぎず、それ以外ではなかった。
彼は、決して、圧政を布く武官たちを積極的に支持しなかった。むしろその無教養さや横柄さに心象を害し、彼らに対して、反感を持っていた。
ずっと読んでいた図鑑を閉じると、レックスは花屋のエルマが持ってきた壺をカウンターに上げ、中身の、やや萎びた薬草を取り出した。
薬草は、細い茎に多くの分枝を伸ばし、その分枝には、濃緑色の複葉が付いている。鼻をくっつけて嗅いでみると、清涼感のある甘い香りがほんのりとする。
根に付いたままの土をサッとバケツの水で洗い落とし、水気を切ると、レックスは、部屋の隅にある壺をカウンターへと持って来、その中に、薬草を入れた。中はアルコールで満たされており、薬草を漬け込むのだった。
ふと、扉がノックされた。また訪問者らしい。
だが、エルマではあるまい――レックスは思った。ノックの仕方がやや荒々しく、エルマっぽくない。では、誰だろう?
「お入りください」、と彼はいささかの不安と共に言った。
扉が開かれ、寒い外より入って来たのは、全身黒い装束に身を包んだ男たち三人だった。黒いチュニックに黒いマントを羽織り、おおむね全員巨漢であり、揃って人相が悪く、レックスはあまりいい印象を抱かなかったし、心細い気持ちになった。
「失礼」、と一番体格の大きい、また高齢の男が低いやや聞き取りにくい声で言う。他の二人は、彼のやや後ろに並び、腰の後ろで手を組んで威光を放って立っている。
男は、油を塗ったツヤツヤの白髪をすっかり後ろへと撫で付けて額を顕わにしており、顔には細かい傷があちこちに付いており、加齢による皺と合わせて、無数の線として、顔面に複雑極まりない
「いらっしゃいませ」、とレックスは畏怖の念を押し殺して迎える。
ゴホン、と男は拳を口に添えて咳払いし、「商談しに参ったのだが」、と言う。
「商談?」
「わたしは、バルビタール派遣軍の司令官を務めるグレゴールと申す者だが」
派遣軍、司令官……レックスはにわかに胸が悪くなってきた。劇物の噂を思い起こし、彼らとの関連性を想像すると、クラクラしてくるようだった。
果たして軍の者が――それも、司令官が、何の用があって、ちっぽけで目立たない町の薬屋などをじきじきに訪れたのか。
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