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城下町の民と兵士との間を隔てる距離感は、健全であるとは言えないものになっていた。
我が物顔で通りを占拠するパレードを始めとして、いたずらに町民を畏縮させたり、腹立たしい思いにさせたりするように兵士たちが振舞うようになって久しい。
武官が為政者を務めているため、気が大きくなっているようだった。
だが、実際のところ、すべての兵士がそういった倨傲の振る舞いをするわけではなく、ある日王国バルビタールより派遣されてきた兵士、及び騎士たちが、主立ってするのであって、もともと存在していたグルンシュロス城下町兵団の兵士たちは、町民と融和的なのだった。なぜというに、兵団の者たちは全て城下町の出身であり、城下町に家族がいるからである。
町の様相を変えてしまった外部の者の直接の訪問は、レックスを面食らわせたようだった。
「商談に来たのだ」、と黒装束の男、グレゴールが、やや傲然と言う。
「というと?」、とレックスは気後れしたように訊く。
「薬が欲しいのだ。それも、大量に」
「大量に――?」
聞き返して、レックスは眉をしかめた。
「勿論、衛生隊に供するものであり、戦場で傷付いた者を治癒するために使用するのだ。我が軍の規模は決して小さいものではなく、兵士たちがたくさんいる。従って、相応の数量の薬が必要となるのだ」
「成るほど」、彼は相槌を打ち、男の後ろに立っている彼の連れ合いをチラッと見た。全く同じ黒のマントと黒のチュニックという恰好で、まるで石像のようにピンと、腰の後ろに手を組んでいる。
「戦時に傷の手当てとしてご使用になるということは」、とレックス。「刃物に切られた切り傷や、鈍器で打たれたことによる打撲などに効くものがご所望というわけですね」
「おっしゃる通り。衛生隊員が現地で調達する薬草ではまかない切れなくなったため、
「ですが、司令官殿」、とレックスは、言いにくいことを言う時の調子で切り出す。「弊店はご覧の通り、小さい薬屋です。基本的には、個人にしか売買しておらず、お求めになるように、大軍の兵士たちをカバーできるほどの数量の薬を用意するというのは、なにぶん、わたし一人で切り盛りしているものでして、非常に困難であると申し上げざるを得ません」
「よその薬屋ではダメなのだ。我々は品質のよいものを求めている」
「そうおっしゃられましても……」
「とどのつまり、断られると? そういうことか?」
グレゴールは、どこか凄みを帯びた口調でそう尋ね、その口元はどこか笑みを含んでいた。妖しい笑みだった。
「現実的な事情を事実としてお伝えしたまでです。恐縮ですが」
レックスはそう言い、グレゴールの商談に対し、不可能であることの証明を示し、気の進まないその商談を拒めると予期した。不穏の象徴である騎士たちを退去させることが出来ると踏んだ。
ところが――
ドン、とカウンターに一閃、拳が振り下ろされた。グレゴールの一撃は重く、レックスをびっくりさせ、彼は椅子より崩れ落ちた。
「阿呆め。端からお前ごときに選択権などない。わたしは薬を作れ、と命じておるのだ。その意が分からないのか」
「ヒッ……」
レックスは、両手を床に付いてすっかり怯え切り、睥睨するグレゴールの傷と皺だらけの顔に鋭く光る目を見上げる形になった。
グレゴールはにやりと笑むと、カウンターの拳をおもむろに上げて姿勢を正し、顎でレックスの方を差すと、「連れていけ」、と呟いた。
すると、グレゴールの連れ合いの二人がキビキビとした動きでレックスを挟み、二人で彼が完全に身動き出来ないように拘束して、薬屋より出ていった。
一人残ったグレゴールは、「フン」と真顔で笑むと、カウンターを打った拳をやさしく撫でながら、こう呟いた。「まだこの町には、騎士たる我々に逆らえると思う馬鹿どもがおるのか。まったくもって、けしからん」
そして、最後にグレゴールが、薬屋より出ていき、後はもぬけの殻となった。
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