さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第232話

***

 

 

 

 アリサが学校より帰宅する時、彼女はいつも、店番を務める妹の側を通る。繁盛している時と、閑散としている時とでは、やはり雰囲気が違うもので、特に繊細でなくとも、ある程度店の状況というのは察せられる。

 

 冬季は、基本的にヒマであるという慣例になっているので、アリサが帰ると、エルマはおおむね、雑用か自習をしている。

 

 ところが、その日は何かが変わっていた。

 

「ただいま」

 

 と、肩掛け式のバッグを見に付けたアリサが帰宅の挨拶と共に、店へ入る。「おかえり」、と普段であれば呼応して帰ってくるのだが……

 

「――エルマ?」

 

 妹は、椅子に座って、毛布を脚に掛け、両手を膝に突いて俯き、黙想か何かしている姿勢だ。

 

 姉の帰宅に、妹はぼんやりとして、顔を上げず、はっきりした反応を示さない。

 

 眉を顰めて目を見開き、怪訝に思ってその側をやや避けるようにして通り過ぎ、奥の机で、頭痛でもしているのか、机上に肘を突いて、片手で額を押さえている母のもとへ行く。

 

「ん、アリサか、おかえり」

 

 母も、エルマと同じく、ぼんやりとして、様子がおかしかった。落ち込んでいるように見えた。

 

「ママ、どうしたの? 何かあったの? エルマも」

 

「……」

 

 母は、詳細を明かすには、どこか都合が悪いという風に、目付きをいからせてそっぽを向く。

 

「ううん」

 

 母は低く唸り、何か案じているようだ。

 

 アリサがしばらく答えを待っていると、母はややためらう感じで、「エルマ」、と次女に呼びかけた。

 

 アリサは振り返ってエルマを窺ったが、やはり彼女は無反応だった。

 

「ちょっと、お姉ちゃんと二階に行ってくるわね」

 

 母は、机上の燭台を持っておもむろに立ち上がり、アリサに手招きして見せ、付いてくるように促す。

 

 アリサは、込み入った事情を感知し、黙然と頷いて、その後に随行する。

 

 階段を上り、廊下の片側の部屋に入る。父母の寝室だった。ベッドが二つあり、

 

 母とアリサはベッドに並んで座った。何となく、二人を覆う空気は暗然としていた。

 

「きっと、悪いことがあったのね」、とアリサが切り出す。

 

「そう」、と母。「城下町の噂は、アリサも、もう聞き知っていると思うけど」

 

「城政にちょっとでも歯向かったりすれば、毒を飲まされるっていう話?」

 

「勿論、真否は分からないわ。けどね――」

 

 母は、事件のことを告げた。

 

「――薬屋のレックスさんがいなくなった?」

 

 アリサは愕然として、聞き返した。

 

「あの人、あまり店を空けない人だから」、と母。「何日も不在っていうのはあり得ないことに近いの。それに、レックスさんのお店は、今、騎士たちが――乗っ取ったって言えばいいのかしら――居座っている」

 

「つまり」、とアリサは渋面で返す。「レックスさんは、拉致されたかも知れないってこと?」

 

「分からない」、と母は首を振る。「でも、不自然よね。薬草の生態を調べに旅に出ることは時々あったけど、この冬の植物の少ない時期に、わざわざ行くとは思えないし、行くとしても、必ず事前に、わたしたちに伝えてくれるもの。花屋との関係性があるし」

 

「何よりの違和感は、お店を占拠している騎士たちよ。レックスさんの行方と、騎士たちとは、きっと因果関係があるに違いないわ」

 

「だとしても、どうすればいいのかしらね、わたしたち」

 

「……」

 

 深い沈黙が母娘の間に下りてそれぞれを隔てた。

 

 彼女らの店が懇意にしていて、付き合いの長い薬屋の主人が、ひょっとしたら、城の手先の謀略にかかって、その手中に落ちてしまったかも知れない。

 

 だが、もしも救おうと企てるとして、一体どうすればいいのか? 

 

 その案は、素朴に暮らす彼女らには、思い余るものであったし、また、実行すること自体、困難であるに違いなかった。

 

 

 

***

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