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アリサが学校より帰宅する時、彼女はいつも、店番を務める妹の側を通る。繁盛している時と、閑散としている時とでは、やはり雰囲気が違うもので、特に繊細でなくとも、ある程度店の状況というのは察せられる。
冬季は、基本的にヒマであるという慣例になっているので、アリサが帰ると、エルマはおおむね、雑用か自習をしている。
ところが、その日は何かが変わっていた。
「ただいま」
と、肩掛け式のバッグを見に付けたアリサが帰宅の挨拶と共に、店へ入る。「おかえり」、と普段であれば呼応して帰ってくるのだが……
「――エルマ?」
妹は、椅子に座って、毛布を脚に掛け、両手を膝に突いて俯き、黙想か何かしている姿勢だ。
姉の帰宅に、妹はぼんやりとして、顔を上げず、はっきりした反応を示さない。
眉を顰めて目を見開き、怪訝に思ってその側をやや避けるようにして通り過ぎ、奥の机で、頭痛でもしているのか、机上に肘を突いて、片手で額を押さえている母のもとへ行く。
「ん、アリサか、おかえり」
母も、エルマと同じく、ぼんやりとして、様子がおかしかった。落ち込んでいるように見えた。
「ママ、どうしたの? 何かあったの? エルマも」
「……」
母は、詳細を明かすには、どこか都合が悪いという風に、目付きをいからせてそっぽを向く。
「ううん」
母は低く唸り、何か案じているようだ。
アリサがしばらく答えを待っていると、母はややためらう感じで、「エルマ」、と次女に呼びかけた。
アリサは振り返ってエルマを窺ったが、やはり彼女は無反応だった。
「ちょっと、お姉ちゃんと二階に行ってくるわね」
母は、机上の燭台を持っておもむろに立ち上がり、アリサに手招きして見せ、付いてくるように促す。
アリサは、込み入った事情を感知し、黙然と頷いて、その後に随行する。
階段を上り、廊下の片側の部屋に入る。父母の寝室だった。ベッドが二つあり、
母とアリサはベッドに並んで座った。何となく、二人を覆う空気は暗然としていた。
「きっと、悪いことがあったのね」、とアリサが切り出す。
「そう」、と母。「城下町の噂は、アリサも、もう聞き知っていると思うけど」
「城政にちょっとでも歯向かったりすれば、毒を飲まされるっていう話?」
「勿論、真否は分からないわ。けどね――」
母は、事件のことを告げた。
「――薬屋のレックスさんがいなくなった?」
アリサは愕然として、聞き返した。
「あの人、あまり店を空けない人だから」、と母。「何日も不在っていうのはあり得ないことに近いの。それに、レックスさんのお店は、今、騎士たちが――乗っ取ったって言えばいいのかしら――居座っている」
「つまり」、とアリサは渋面で返す。「レックスさんは、拉致されたかも知れないってこと?」
「分からない」、と母は首を振る。「でも、不自然よね。薬草の生態を調べに旅に出ることは時々あったけど、この冬の植物の少ない時期に、わざわざ行くとは思えないし、行くとしても、必ず事前に、わたしたちに伝えてくれるもの。花屋との関係性があるし」
「何よりの違和感は、お店を占拠している騎士たちよ。レックスさんの行方と、騎士たちとは、きっと因果関係があるに違いないわ」
「だとしても、どうすればいいのかしらね、わたしたち」
「……」
深い沈黙が母娘の間に下りてそれぞれを隔てた。
彼女らの店が懇意にしていて、付き合いの長い薬屋の主人が、ひょっとしたら、城の手先の謀略にかかって、その手中に落ちてしまったかも知れない。
だが、もしも救おうと企てるとして、一体どうすればいいのか?
その案は、素朴に暮らす彼女らには、思い余るものであったし、また、実行すること自体、困難であるに違いなかった。
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