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「――エルマ?」
そう呼び声がして、彼女は伏せた顔をゆっくりと上げた。
少女の表情は、不安の陰翳が差し、どこか内向的に見せた。
呼んだのは姉のアリサだった。母との話を終え、階下へと降りてきたのだ。
「お姉ちゃん、おかえり」
と、妹はかぼそく呟く。
「今帰ってきたわけじゃないのよ。アンタ、全然わたしの存在に気付かないんだもの」
「嘘」、と妹はきょとんとする。「お姉ちゃん、いつ帰ってきたの?」
すっかり放心状態だったらしい妹に、姉は呆れて、「ハァ」、とため息する。
「事情はある程度、お母さんに聞いたわ」
「じゃあ、わたしがこうして落ち込んでるわけは説明しなくていいね」
「レックスさん、どこへ行ったのかしらね」
「……」
妹は再び顔を俯ける。答えを知らない以前に、その話題に取り合いたくないようだ。
立っている姉は、椅子に座ってどんよりとした雰囲気の妹を見下ろし、同情する一方で、些少のさげすみを覚えた。
「わたしは」、とアリサが口にする。「学校に行くようになってからは、レックスさんとはめっきり顔を合わせなくなったわ。たまに通りで見かけることはあっても、何となく気後れして、挨拶出来なかったのよね。ほんの数年前までは、仲良くしてたはずなのに。深い関わりがなくなると、その人のことって、どんどん忘れていっちゃうものね」
姉は、腰の後ろに手を組んで、家族の住まいである花屋の中を落ち着いた足取りで見て回り、棚の草花に手をやってその生育具合を確かめるなどした。彼女も、学校へ通うようになるまでは、店を手伝い、その関連で薬屋へとお使いに行くことがあったので、草花のことに関しては、専門的にする妹ほどではないにせよ、明るいのだった。
「エルマは、学生じゃないけど、植物の勉強をして、薬屋のレックスさんは、アンタにとって、先生みたいだったものね」
エルマは、眉間に皺を寄せ、悔しそうに、膝に置いた拳に力を込め、ギュッと握った。
「お姉ちゃん」、と妹が言う。「わたし、お店へ行ってきたの。レックスさんがいなくなったお店へ」
「うん」
「お店には、全然知らない人たちがいた」
窓の外には、夜の闇が下りようとし、部屋の中は薄暗かった。冬の夜は、早いのだ。燭台の炎が、短くなった蝋燭の芯で燃えている。
「騎士たちだったのよね、多分」
「そう思う。多分ね」
姉妹は呼応する。
「ひょっとして」、と姉が顎に手を添え、目を細めて言う。「あの人たちに訊けば、分かるのかしら。レックスさんの居場所」
「知ってると思う。そういう口ぶりだったもの。でも、あの人たちの内のひとりは、レックスさんが、お出かけして、当分帰ってこないだろうって言ってた」
「怪しいわね」
アリサはじっと立ったまま、思案に暮れた。
――深くなっていこうとする夕闇は、薬屋で起きたことの真相まで、覆い隠すようだった。だが、今、薬屋に居座っている騎士たちが、その手がかりを持っているだろうことは、何となく推測することが出来た。彼らには関わり合いがあるはずだった。その推測が、闇の中で、かろうじて、星のようにか細い光を放っているのだった。
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