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待つのは退屈だった。
「ブルーノ」、とぼくは呼びかける。ぼくらはギルドハウスの片隅のベンチに並んで座り、何をするでもなくぼうっとしていた。
「ぼく、外へ出てもいいかな」
「何か用事か?」
「用事っていうほどじゃないけど、ちょっと探索がてら、散歩に行きたいんだ」
「そうか。あんまり遠くに行ったり、迷子になったりするなよ。それが守れるなら、許可してやる」
「うん。ぼく、気を付けるよ。ブルーノは、このまま待ってるの?」
「あぁ、もうちょっと考えたいんでな。うまい稼ぎ方があればいいんだが」
所在ない思いに沈んでいたぼくは、ブルーノの了承を得ると、外へ出、一抹の解放感を味わった。
空は晴れていて、空気は爽快だった。夏なので、いくぶんか暑いが、うっとうしいというほどではない。
ぼくには訪れたいところがあった。それは、あの店だった。視線の合った女の子が入っていった、服屋だった。
何となく場所を覚えていて、ぼくは記憶の導きに従って村を歩き回り、とうとう売り物がかかっているあの物干し竿のそばまで辿り着いた。
すると、ちょうどあの女の子が、新しく出来た服を、物干し竿に掛けているのだった。
「あら」、と彼女は、ぼくの視線に気付いて振り向いた。「あなたは、さっき見かけたひとね」
「覚えてたんだ」
「まぁね」
女の子は、服をかけ終えると、身なりをさっと整えて、ぼくの方にすっかり向いた。
「服を買いに来たの?」
そう言って、彼女はぼくの恰好を品定めでもするような目で見る。
「いや、そういうわけじゃないんだ。確かにぼくの着てる服はずいぶんと着古しているけど、まだ、新しいのを買うほどじゃないと思うんだ」
「あら、そう。残念」
彼女はそう、索然としたように言う。ぼくはそのツンとした表情に、焦燥感に似た妙な感情と、彼女の機嫌を損ねてしまったらしいことへの急激な後悔の念を覚えるのだった。
「なんていうの? その、君の名前」
彼女の好意を失ってしまうかも知れないという恐れが、羞恥とか気後れよりも大きく、ぼくはその好意を逃がすまいという思いで、そう問うた。彼女のことを知りたいと思った。
「わたしは、ミア」
「ミア……」
「あなたの名は? わたしだけ名乗るんじゃ、不公平でしょう」
「あっ、ゴメン。ぼく、フリッツっていうんだ」
「ふうん。じゃあフリッツ。あなたって、旅人なの?」
手を腰の後ろで組み、ぼくの目を覗き込むように首を伸ばして、彼女が聞いてくる。そのお互いの近い距離感は、ぼくにとってまるで馴染みのないものだったので、ぼくはすごすごと尻込みして、思わず、「うん」、という返事の声が小さくなり、また、震えてしまった。
ちょっと興味があったからと接近してみたら、彼女は不思議な力でぼくを魅了し、また圧倒するものだ。
彼女の前にいるぼくは、どうもぎこちなく、そわそわして、顔から火が出そうなくらい居心地が悪く、出来るなら一散に走り去っていきたいような気分だった。だが、その不快感、気後れ、ないしは緊張は、拒絶しようと思わせるものではなかった。むしろ好ましく、愛おしく、その感情に晒されると、何だか自分が高められていく感じがするのだった。
ぼくはミアのことが好きなのだろうか?
そのことを自身に質そうとすると、ぼくはすっかり沈黙し、口に溜まったツバが、ゴクリという嚥下の音がはっきり聞こえるくらい、かたくなっているのだった。