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逃げてきたミアの話を聞くと、宗教結社の名は『真光教団』というみたいだった。彼らは、ゲールフェルト村の住民を、あるいは連れ去り、あるいは殺害し、連れ去った人々には、洗脳じみた教育を施すそうだった。
ぼくとブルーノは、ひどく戸惑ったが、取りあえず生活拠点を設けようと考えた。
自分たちの生業である旅を断念し、足場を固めて事件の詳細を追い求めることにしたのは、善意というよりは、むしろ仕事に対する報酬をきちんと得るということの方が、動機付けとしては大きかった。また、どういった事情があるのか知りたいという、知的好奇心も、一定程度はあったと思う。
そういうわけで、ぼくとブルーノとミアの三人は、小旅行を行い、山間の村へと辿り着いた。その村は、都会とは程遠く、発展途上であり、農業や林業などの原始的な営みによって成り立っていた。
村へ着いて程なく、ブルーノは旅に出るといい、ぼくとミアのことは置いていくようだった。期間を限った旅であり、決してぼくたちを置き去りにするという話ではなかった。
ブルーノは装備を整えて旅立ち、ぼくたちは庇護を求め、村を探った。そして、コンラートという老人と、メルというパン屋の女性オーナーがそれぞれ、ぼくとミアを寄宿させてくれることになった。
かりそめのはずの寄宿生活は思った以上に長引き、ブルーノは中々帰ってこなかったが、ある日突然帰ってきた。――だが、満身創痍だった。
彼はリフレという薬師に、牛車の荷台に乗せられて運んでこられ、重体であり、全快の見込みはなかった。命に別状はないが、重い障害が残るという話だった。
ぼくはもちろんそうだったし、きっと、ミアも、コンラートさんも、メルさんも、リフレも――ブルーノ本人も――絶望したに違いなかった。
そういうことになっても、ブルーノは投げ槍にならず、徐々に回復するにつれ、散歩に行くようになり、傍目から見ると、元気になっているようだった。
だが、介助を必要とするようになった彼の生活態度は、段々と悪くなっていき、外面においても内面においても、粗略になっていった。
そして、ある日ブルーノは行方不明となり、だが、ぼくは何となく、何が起こったのか、うっすらと察していたし、想像が出来た。
彼は村の木立の中で、木と木の間にロープを張って、首を吊っていた。その死相は安らかであり、ひとつの不運が穏やかに終結したようだった。決してハッピーエンドではなかっただろうけど、彼はみずから選び抜いた道を行き通したのだった。
ぼくにおいて、悲しみが溢れかえったが、感情に没する前に、きちんと現地の女性司祭の手を借りて、ブルーノを、村のひっそりとした感じのいい墓地に葬り、弔った。ミアは泣いていたし、コンラートさんとメルさんも、はっきりと露わにしないものの、憐憫の情に沈んでいるようだった。
すでに親を亡くしているぼくにしてみると、ブルーノの逝去は、また違った情動があった。ぼくにはきょうだいがいないが、あるいは、仲のいいきょうだいを失うというのは、こういう風なのかも知れない、というしみじみとした感慨を持ったのだった。
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