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小姓が負う仕事は色々とあったが、自身が仕える騎士の武具の整備も、その内のひとつだった。
頑丈であることを要すため、金属で作られた鎧・兜は、とても重く、まだ力のないぼくには、その取り扱いは骨だった。錆びないように油をこまめに塗り、汚れが付着しないように磨くことが、整備の基本だった。
雪の舞う城の中庭の広場で行われている稽古は、稽古を仕切るフェノバール兵団・団長の指示で、対戦形式の試合へと移行した。
ぼくを含む小姓たちは、しばしば積もった雪をシャベルで掻いて除き、試合に臨む騎士の不便にならないように、その足元をある程度清めた。
真昼を過ぎた頃だった。雪の降り方は弱まらず、試合はしばしば雪掻きで中断された。
試合が始まるまでの稽古では、騎士も小姓も、軽装だったが、団長の指示で、鎧・兜の用意が必要となり、小姓たちは(勿論、ぼくも、)こぞって城内の置き場へと向かい、鎧立ての重たい鎧・兜を台車にのせて運び出した。
「やれやれ」、とブレイズは、ぼくの運んできた武具を装備しながら、憮然と言った。「実戦でもないのに、防具なんて必要か? 本気で殺し合うわけじゃなかろう」
靴当て、脛当て、腿当て……等々、ブレイズは、各種防具を身に付けていく。
「多分」、とぼくは推測する。「万が一のことがあるかも知れないし、その予防のためなんじゃない?」
騎士と小姓の内、試合を終えた者と、順番を待っている者は、中庭を囲うアーチが並ぶ回廊の中で、戦いを見物した。騎士は皆、鎧を纏い、兜だけ、視界の確保のために被っていないという恰好だった。
試合を終えたばかりで、青褪めた顔でゼエゼエと激しく呼吸する敗北した騎士がいれば、心細そうに、しかめ面に近い表情で試合を見守る小姓の少年がおり、また、興が乗ったように、アーチに手をかけてニヤニヤ眺めている騎士がいて、試合の見方は人それぞれだった。
ふと、ぼくはニヤニヤしている騎士のそばにいる、小姓らしき青年と目が合った。彼はぼくの目線を怪訝に思ったのか、いくぶんか目を見開いてみせたので、ぼくは彼のそばに寄っていき、手を口元にあてがって、小声で、「ちょっといいですか」、と聞いてみた。
彼は耳を寄せ、首肯した。
「あの人は」、とぼくはそばの騎士を暗示して言う。「あなたの主人ですよね」
「そう」、と彼は返す。
「何か楽しそうですけど」
「あぁ、その理由はね、この人は、予想してるのさ、どっちが勝つかって。賭け事になぞらえて見てるんだろうね」
「ふうん」
ぼくは曖昧に返事する。
「フン」、とアーチのそばの騎士は笑う。
すると、そのわきで、地べたにじかに座って足を伸ばしている、直近の試合で負けた別の騎士がイライラした様子で、彼を睨み付ける。
「何がおかしい」
彼はまだ、疲労と緊張のせいか、やや息遣いが荒い。
ぼくはまずい予感がしたが、ぼくが問いかけた小姓も、同じようだった。
「俺の予測は正解だったようだぜ」
そう言うと、賭け好きの騎士は、敗けた騎士の方を振り向いた。
「お前が負けるって」
「何?」、と敗けた騎士は喰ってかかる。「貴様、俺を侮辱する気か?」
「侮辱も何もないじゃないか。俺はお前が敗けると予測し、そしてその予測が的中したというだけだ」
「敗けると予測したということは、貴様は、わたしが弱いという風に思っているのだろう」
「実際、そうじゃないのか」
敗けた騎士は立ち上がり、賭け好きの騎士と睨み合う恰好になった。
「やってやろうか」、と敗けた騎士が凄む。「お前には、勝てる自信がある」
「ほう」、と賭け好きの騎士はアーチの手を離して腕組みし、敗けた騎士と面と向かう。「上等だ」
一触即発のムード。呆れる者がいれば、恐れる者がおり、また無視を決め込む者がいた。
だが、中庭で試合をしている二人の内のひとりが、相手にやられて倒れ込み、その音で、危うい雰囲気はフッと掻き消えたようだった。
試合を審査する団長が、試合終了を大きく叫び、闘った騎士たちは退き、再び積もり始めた雪を除くため、小姓たちが呼び出された。
冬の寒く凍て付いた空気は、闘争の緊張感の中で、ますますその冷たさを強くしていくようだった。
広場でシャベルを使ってせっせと雪掻きするぼくは、その緊張感に晒されているだけで、ぐったりと疲れてくるようだった。
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