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稽古があったその夜、ブレイズは上官に夜警を任ぜられ、指示された町の区画を巡回することになった。
ぼくは彼の付き人ということで、夜警に付き添うことに決め、彼と起臥を共にし、稽古が終了した後、軽い腹ごしらえをして仮眠を取り、夜の仕事に備えた。
ブレイズは試合に敗北し、しばらくしょげていたが、ご飯を食べていくぶんか眠ることで、ある程度持ち直したようだった。
相部屋となっている下級の見習い騎士たちの部屋で、ぼくとブレイズは支度した。外は極寒なので、たくさん着込まないといけなかった。
支度を終えると、ぼくたちは城門まで向かい、衛兵に挨拶し、城門の壁に明々と照る篝火を、ブレイズが、木材を束ねたたいまつの尖端に移した。ぼくはその様をぼんやりと見ていた。本来寝る時間だったので、ぼくはとても眠かった。
「寒いからな。風邪なんか引かないように気を付けろよ」
と、衛兵がくだけた感じで言う。
「お前もな」、と夜警に出ていくブレイズは返す。衛兵の鼻の下には、半分凍った鼻水がべったりと付いていてひどい有り様だった。
「知ってる人?」、とぼくは城門を過ぎた後、ブレイズに尋ねたが、彼は否定した。
外はとても寒かった。雪が降って地面に積もっており、歩いていると、足にどんどん付着し、溶けて、冷感を伝える。その上にまた雪が重なり、溶けて、冷たいと感じる、というプロセスが繰り返され、ぼくは不快で仕方なかった。長靴を履いていたが、雪を完全に防ぐことは不可能だった。
「騎士って大変なんだね」、とぼくは言う。「旅してた時は、夜中に出歩いたりしなかったよ」
「騎士に限らず」、とブレイズは答える。「どの仕事・身分だって大変さ。肝要なのは、どの大変さを選ぶかだ。楽な仕事なんてありはしない」
「大変なのはいいけど、こんな寒いのに、巡回する意味なんてあるのかな。誰も悪さなんて出来ないくらい、寒い」
「どんな状況でも、悪巧みする輩は必ず存在する。その疑いがある。だから、こうやって確かめて歩き回るんだ」
ぼくたちが喋ると、呼気は白く凍った。よく冷えた冬の夜だった。
暗い灯火のないフェノバールの街路を、たいまつの灯りを頼りに、指示された区画へと、ぼくたちは進んでいく。
ふと、向こうの方より、ぼんやりと灯りが見えだした。
それはたいまつの灯りのようで、誰かがこっちの方へやって来るようだ。
――誰だろう。
やがて、相手は姿を見せた。
「こんばんは。お勤めご苦労様です」
寒さに震えてか、どこかフニャフニャした話し方で挨拶してきたのは、厚い防寒着を身にまとった男だった。ブレイズのように防具をまとってはおらず、騎士ではないみたいだった。――目の下のクマがひどく、人相を不健全に、また悪くしている。髪には白髪が混じり、結構年を食っていそうだ。
「あなたは?」
「警吏でございます」
彼はそう名乗った後、ぼくを見下ろし、「頼りないですがね」、と自嘲してニコッと笑ってみせたが、人相が人相であるだけに、ぼくはゾッとし、むしろ警戒心が強められてしまった。
「あぁ」、とブレイズは、心当たりがあるという風に反応する。「ということは、市民軍の方ですね」
「左様です」
警吏は終始へりくだった態度だ。
「この辺りで異常はないですか」
「へぇ。今のところありません」
「了解しました。では引き続き、巡回願います。フェノバールの平和のため」
「へぇ。フェノバールの平和のため」
ブレイズと警吏は敬礼し合い、別れた。
ぼくたちと彼は互いに行き過ぎ、ぼくは歩きながら、しばし警吏の後ろ姿をぼんやりと振り向いて見ていた。
「ずいぶんくたびれたオヤジだったが」、とブレイズ。「長年警吏を務めてりゃ、ああいう風になるのは仕方ないのかもな。寝ずの番というのは、ツラいものだ」
ブレイズのその言葉を聞いて初めて、ぼくがいつまでも目を向けている警吏の背中に見えるものが、哀愁なのだと分かった。
その笑顔の拙さに怯んでしまったものの、あの警吏の人相や全体の雰囲気に滲み出る積年の苦労の感じは、ぼくに重々しい感情を抱かせたのだった。
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