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「フリッツは、どこから来たの?」
――もし、ぼくが文無しだと分かったら、彼女はどういう反応を見せるだろう。
ミアのことだ。
今目の前で、その年齢には相応しくないと思われるなまめかしい所作で、ミアはぼくを戸惑わせている。妙に大人びた雰囲気を纏っているが、あるいは女の子というのは皆そういうものなのだろうか。あるいは彼女のようなのは一部で、他はすっかり違うのだろうか。女の子との交際の経験がないぼくには、全くの謎だった。
仮に、からかっているのだとしたら、腹立たしいし、その所作が自然体なのだとしたら、ぼくは何も気にしなくていい。
ぼくはとりあえず、落ち着こうと思って何度か深呼吸し、固唾を飲み込んだ。
「ぼくは……」
そして旅の始点であり、ぼくのふるさとである村の名を言った。
「ふうん。聞いたことない名前ね」
「小さい村なんだ。だけど川が流れてて、水が豊富で、いいところなんだよ」
「あら、そうなのね。水がいっぱいあるのはステキだわ。お風呂だって、飲み水だって、涸れないように気遣う必要がないもの。一度、行ってみたいわ」
ぜひ、おいでよ。案内するからさ。
そんな風に、招待の言葉を紡げれば、ぼくらはもっと仲良くなれたかも知れない。
だけど、紡げなかったのだ。
ふるさとの話題になって、ぼくの脳裡には、様々な情景が巡った。しかし巡ったのは、なぜか悲しかったり、憤慨したりするものばかりで、いい思い出だってあったはずなのに、ミアを前にして蘇ってくるのは、悪しき思い出に偏っていた。
ぼくは気が差して、しょんぼりと黙り込み、会話の中に不自然な間を作ってしまった。何か淀んだ流れが、さっとぼくとミアの間に入り込んで、互いを隔ててしまったようだ。
「遠いんだものね」、とミアが、あえて陽気に振舞って、そわそわさせる緊張感を取り繕おうとする。「簡単に行けないのは分かるわ。変なこと言ってゴメン」
彼女はバツが悪そうに頭を下げる。
「君のせいじゃないよ。ぜんぜん、そうじゃないんだ。そうじゃなくて、ぼくが……」
ぼくは両手を否定するつもりで振り、自分が悪いのだと言い張って、彼女を励まそうとしたが、時機を逸したようだった。
「また来てよ。うちのお店って、基本的に毎日やってるから。今度は違うお話を聞かせてね。後、どうせ来てくれるなら、一着でも買っていってくれると嬉しいな。もちろん、お話だけでも構わないけどね」
ミアは、いささかのぎこちなさはあったけど、陽気にウインクし、じゃあね、と軽く手を上げていとまごいを告げ、服屋の中へと戻っていった。ぼくはただ、収拾のつかないもつれた気持ちを抱えて、受け身で、彼女を陰々滅々と見つめているばかりだった。
会話は、中途半端なところでおしまいになり、ぼくはすっきりしない気分だった。話し足りなかったし、謝ることが出来なかったし、ひそかに求めているお互いの関係の進展を得られなかった。名前を教え合って、ある程度は近付けただろうが、ぼくの物怖じした態度があだとなって、不本意な別れ方をすることになってしまった。
立ち尽くすぼくに向かって、風が吹いたが、なまぬるい風で、少しの爽快感もなく、まるで失態を演じたぼくを嘲笑うようだった。
ブルーノのもとへ戻ろうか。
そう自問してみたが、他の選択肢などありえただろうか。能動的に行動するには、ぼくの意気はもう、削がれてしまっていたのである。