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城においては、特にこれといって起伏のない、ルーチンワークばかりの日々が続いた。
勉学、訓練、精神修養……自己研鑽にまつわることばかりに時間はあてがわれ、労働という労働は絶無だった。
ぼくは、思いがけず小姓になったわけではなく、小姓という身分は、志を持ち、筋道を立てて騎士になることを目標にしたその結果として手に入れたのであった。
成るほど、農奴の息子だった頃や、放浪者だった頃と比べると、一所に定住し、寝床と食べ物に事欠かない暮らしを送れている小姓という身分は、今までと比べれば、ずいぶん結構だと言えるだろうが、いかんせん、充実感に乏しかった。
ぼくが騎士を志したのは、ブルーノを死に至らしめ、ミアの村を滅ぼした『教団』との因縁を清算するためであり、だが、小姓の今、騎士になるまで、果たしてどれほどの時間と努力と苦労を要するのか、想像してみると、気が遠くなりそうだった。
とにかく、ぼくには、城下町にいるひとりの少女の状況が知りたかった。
ミアのことだ。彼女はフェノバールの町にあるどこかの服屋で、働いているはずだ。
「ブレイズ」、とぼくはある日の夕方、訓練の終わりに、彼に話しかけた。武具の後片付けの後、回廊の隅っこで、やはり人目に付かないように密談した。
「何だ」、とブレイズはぶっきらぼうに返す。
「小姓には」、とぼく。「休みという休みはないんだよね」
「あぁ、だが、騎士にもないぞ。毎日が仕事で、もし休みたいと思うなら、自分で隙間を見つけて、じょうずに休むしかない」
「休みが欲しいわけじゃないんだ。ただ、明日、ちょっとだけ自由に出来る時間をもらいたいんだ」
「明日? まぁ、どうせまた、今日と同じように訓練して勉強するだけの一日になると思うが、何か予定があるのか」
「うん。知り合いの女の子がこの町にいるんだけど、様子を見に行きたいんだ」
「そうか。遊びに行きたいなんてぬかすかと思えば、案外真面目じゃないか」
「うん。けっこう真剣なんだ。彼女はたぶん、心細いと思うから、話を聞きにいってあげないと」
「お前の彼女か?」
そう言って、ブレイズは小指を立ててニヤける。
「違うよ。彼女じゃない。ただの友達さ」
そうみずから言っておいて、ぼくは、何だかつまらない気持ちになった。ミアのことを想うと、どこかムズムズした感覚を覚える。
「いずれにせよ」、と言い、ブレイズは小指を引っ込める。「別に構わないぞ。フリッツ」
「本当?」
「あぁ、上官には、俺が報告しておいてやる」
「ありがとう」
ぼくは礼を述べ、ブレイズといっしょに回廊を、他の騎士たち・小姓たちに混じって歩いた。
ブレイズは勉学のため教室に向かい、ぼくはブレイズの乗る馬の世話のため、彼とひとまず別れ、城と直結している馬小屋へと向かった。
何人かの話したことのない小姓たちと、付かず離れずの距離感で歩きながら、暗くなっていく空を眺めた。相変わらず雪で、ほぼ毎日降り、雪掻きが面倒だった。
きっと、翌日も雪に違いない。空は雲に覆われ、太陽は見えず、目に見えるものすべての色が、何となく、鈍い。
ぼくが小姓に、そしてミアが服屋で働くようになる直前、リフレを見送った後、ぼくたちは言葉を交わした。
ぼくは彼女のいる店を知っているし、彼女は彼女で、ぼくの居場所を知っている。小姓がいるのはお城なので、探す必要などなく、服屋には多分休みの日があって、ひょっとすると、ミアは今まで何度かぼくに会いに来ようとしてくれたかも知れない。
だが、実際は分からない。
彼女は今どうしているだろう。
健やかに過ごしていることを願うばかりだ。
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