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「フリッツ」、とミアが不安そうに呼びかけてくる。「お城を抜け出してきてだいじょうぶ? ずっと騎士様のおそばにいなくちゃいけないんじゃないの?」
ある寒い朝、城下町の一隅にあるこぢんまりとした服屋の軒先で、ぼくと彼女は話していた。
よく晴れた朝だった。空はスカッと澄み渡っており、クリアーなブルーに染まっていた。しかし気温が冬で低いため、積もった雪は中々とけずに残っているのだった。
「本当はそうなんだけど」、とぼくは答える。「どうしてもミアのことが気になったから、ちょっとだけ、許可をもらってお城
の外まで出かけてきたんだ」
「そうだったのね」、とミアは爽やかに微笑んだ。「気にかけてくれて、ありがとう。わたしも、フリッツのことが気になって様子を見に行こうって考えたんだけど、お邪魔と思って遠慮しちゃったわ」
ぼくとミア、それぞれが別の環境で、別の職業のために生活するようになってから、ぼくたちはこういう風に身近に接することの出来る機会というのは、めっきりなくなってしまった。
だが、詮無いことだった。ぼくとミアはどちらも、従属しているところが異なるのだ。ぼくは騎士のもとで小姓として働くし、ミアは服屋で店員として働く。休みがあるとしても、互いの時間が被っていなければ会うことは叶わない。
ぼくとミアは、簡単に、各自の近況を報告し合った。ぼくはブレイズのもとでいつも訓練と勉学ばかりしていることを話し、ミアは、服屋で綿から糸を紡ぐ練習をしていると話した。どちらとも、まだまだそれぞれの職業において初歩の段階で、前途は気が遠くなるほど長大だった。
「これからわたしたち、大変ね」、とミアはうっすらと苦笑を浮かべ、言った。
彼女は、両手を開いて見下ろしたが、彼女の両手は、糸紡ぎの作業のせいか、やや荒れ気味だった。
「うん」、とぼくは返す。「でも、ずっと旅するんじゃなくて、どこかに定住してひとつの仕事に集中しなかったら、本当の根無し草になっちゃうと思う」
「そうね。そうかも知れないわね」、とミアはしんみりそう言って両手を下ろす。「リフレさん、今どうしているかしらね」
「さぁ、リフレは旅を続けているから、遠くに行って、ひょっとしたら、新種の薬草か何か発見しているかも知れない」
「元気でいてくれたらいいわ」
「そうだね」
ぼくとミアは、郷愁の念と共に、リフレの像を思い返したが、ぼくは、彼に加えて、コンラートさんや、ブルーノや、母や、カタリーナさんなど、すでに会って別れてきた人たちの相貌を回顧した。
彼らは総じてぼくに対して親、もしくは親同然の存在であり、彼らのそばで暮らしていた生活の安穏さを懐かしく思った。
今も、ブレイズのそばで、彼の付き人をしており、結局、今までと実情は大きく変わらないのかも知れないが、前のように何もせずに状況が進むことはなかった。
ぼくはブレイズの身内でも何でもなく、騎士になることを望んで、彼に認められて小姓となったわけで、彼が求める仕事をこなさなければならず、もしまずい振る舞いが重なれば、簡単にやめさせられるし、もしやめさせられたら、ぼくは仕事も家もない惨めな浮浪者になり、身震いするほどの不自由さが落ちかかってくることになる。
ぼくもミアも、まだ十歳に過ぎない、世間知らずの子供だったが、生きようとみずから志望して選び抜いた将来に対し、すでにそれぞれ一定の責任と、容易に投げ出すことの出来ない義務を負っているのだった。
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