さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第264話

***

 

 

 

 わたしたちは、ひょっとすると幻想を見ていたのかも知れない。

 

 フェノバールは、この乱世の中、自主独立をかたく守り、長い繁栄の日々を送った。鍛えられた騎士たちが、高い志と共に守る城下町で、人々は各々のドラマを演じ、悲喜こもごも、味わい、嘗めた。望まれた赤子の誕生があり、たくましい男児の、あるいは花のように愛らしい女児の成長があり、睦まじいカップルの結婚があり、尊敬された老人の葬儀があった。平和の陽光がやさしく照り、人々はその光の恩恵に浴した。

 

 わたしが小姓となるべく訪れる前から、フェノバールは屈強だったし、わたしが小姓となって以後も、その強さは保持された。

 

 その繁栄の日々は、きっと誰もが尊び、永続して欲しいと求めたものであったに違いない。

 

 だが、幻想は解かれた。

 

 あらゆる歴史、矜持、展望が、敵の脅威によって無残に打ち崩された今、わたしを含む、フェノバールの人々は、突如として、絶望に陥れられ、驚倒し、動揺し、混乱した。

 

 フェノバール兵団は統制が乱れ、連携を失い、散り散りとなった。

 

 ――砂埃がまだもうもうと煙る中、倒れているわたしはふいに持ち上げられた。

 

「フリッツ!」

 

 馬に乗るブレイズが駆け付け、拾い上げてくれたのだった。

 

「だいじょうぶか!」

 

「……」

 

 爆発を被って意識がぼんやりとし、体も痛くて、わたしは彼の呼びかけをうまく飲み込むことが出来ず、返事に窮した。

 

 ブレイズは小脇にわたしを抱えたまま、馬に鞭打ち、疾駆した。

 

 薄暗く狭い視界に、壊れた家や、仲間の死体や、逃げ惑う人々や、火の燃える木材などの痛ましい光景が流れた。

 

 ――ミアは、無事だろうか。

 

 そう思っても、ブレイズの駆る馬は、ミアの働く服屋とは違う方向へ走っていく。

 

 部下の指揮はどうしたのだろう、ほっぽりだしていいのだろうか、と疑問に思うと、何名か、後方を追走していることに気が付く。手負いの者がいる。すでに戦闘を継続するムードではなく、撤退するムードを強く感じさせる。わたしたちは、残存する兵を抱え、逃げている。走る馬たちの蹄鉄が、カタカタと鳴り、向かい風がキツく感じられる。

 

 逃げるといっても、一体どこへ……?

 

「ブレイズ殿!」、と誰かが叫ぶ。「民を捨て置いて逃げるなど、到底許されることではありません! 暴挙です!」

 

「……」

 

ブレイズは押し黙って答えない。

 

「上官殿!」、と誰かは重ねる。

 

「――今は走れ!」

 

 ブレイズが、ピシャリと言い切る。

 

「何ですって!?」、と驚きの声が上がる。

 

「走れ、といった。だが、従う必要はない。わたしに付いて逃げるか、あくまで抗戦するかは、貴君の判断に委ねる」

 

 ――まだ、希望の糸は断ち切られたわけではない。

 

 わたしはそう思った。すると、だらけた体に、力がじわじわと蘇ってくるみたいだった。

 

 まだ、フェノバールは滅ぼされていない。まだ、中央の城が残っている。あるいは、城まで後退すれば、一縷の望みを掴み取れるかも知れない。

 

 ブレイズは、何か策を練っているか、もしくはすでに企てているのだ。

 

 何となく、そういう風に、わたしには感じられた。

 

 

 

***

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