***
王、フリードリヒは、この窮境にあって、劣勢の自軍を鼓舞するため、また、犠牲になった民たちに対して王の威信を保つため、戦場へ出撃するということで、みずからの愛馬を、専用の厩舎へと迎えにいった。
わたしは彼に随伴したが、王の愛馬は純白の被毛が印象的で、目を奪われた。
ブレイズの居所を問われたので、わたしは説明し、王は「分かった」と返し、納得したようだった。
わたしは、自身も応援したいと懇願し、戦場までの同行を申し出たが、王は冷然と却下した。
「腕の怪我を見るがいい。決して浅手ではない怪我だ。貴君が今戦場へ戻り、戦うとしても、どの道無駄死にするだけだろう」
わたしはシュンとし、諦観した。
「目下、貴君が意識すべきは、他のことだ」
彼は白馬に跨り、いつでも出立出来る恰好になった。
「では、後は頼んだぞ。フリッツよ」
王はそう言い残し、馬を蹴って颯爽と走らせた。
「ご武運をお祈りします」、とわたしはその背中に向かって激励の辞を叫んだ。
その後わたしは動揺し、呆然と、その場にしばらく立ち尽くしていた。
わたしが王に言付かったのは、重い――余りにも重い、出来れば引き受けたくない役目だった。そしてその役目は、緊急性があり、いつまでも立ち尽くしてはいられないのだった。
フェノバールは依然として戦中だ。兵団に加え、市民軍が『光』に抗戦し、婦人や子供などの非戦闘員は、突然の有事に退避することを余儀なくされたが、『光』の見境ない攻撃に、何人かは斃れてしまった。
だが、からくも戦火の只中を潜り抜けてきた者が続々と城中へと避難してきた。その中には見知った顔がいくつかあり、わたしは避難民の中にミアの顔を探したが、見つけることは叶わなかった。
わたしは、覚悟を決めると、城中を走って、城壁の塔を上り、そこで見張りをしているひとりの番兵に呼びかけた。
険相で外をじっと集中して見ている番兵は、寄り付きにくい雰囲気をまとっていた。この緊迫した状況では無理もなかった。
窓の外を見てみると、城壁の向こうに放射状に広がる街並みが見えるのだが、倒壊した建物や、黒々とした煙の昇っているのや、火事の炎がメラメラと燃えているのが見えた。逃げ惑う人々や、交戦する自敵軍の兵士の姿も見えた。
城下町は完全に渾沌に埋め尽くされていた。中央のここの城だけが、かろうじて尚、難を逃れられているといった感じだ。
「何だ!」、と見張りの番兵がイライラしてわたしに突っかかってくる。
わたしは思わず怯んでしまったが、言付かった役目が役目なので、挫けずに食い下がった。
「王命を仰せ付かってまいりました!」
「王命だと!?」
「はい!」
「嘘をほざくな」、と番兵はニヤリとし、悪意のこもった笑みを見せる。「小姓ごときが、直接王の命令を受けるなどありえない。貴様、このわたしを
嘘だったら八つ裂きにするとでも言わんばかりの形相だ。
「滅相もございません」
「では、それが王命であるという証明でもあるのか?」
「あります」
「何?」
わたしは、背中に隠し持っていたものを差し出した。
「これは……!」、と番兵は目を疑うようだった。
「宝冠です、フリードリヒ王が御被りになっていた」
キラキラした黄金の冠。宝石が埋め込まれていて、高位の者が身に付ける宝具だ。宝冠は、王の持ち物であって、他の何人も、手にすることは許されていない。
その宝冠を、この小姓に過ぎないわたしが持っていることの意味を、番兵は、ほのかに看取したようだった。
彼は、顔面蒼白になり、全てを悟ったように、「成るほど」、と、まるでため息を吐くかのようにして、呟いた。
***