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「こうしていても」、とフォンスは言った。「埒が明かない。指示を出す者がいなくて動けないというのなら、おれが出す」
フォンスというのは、番兵の名だった。彼の容貌は防具をまとっているのではっきりしないが、ブレイズと同じくらいの年齢の男だった。
そのやや濃い褐色の肌の顔面では、鼻の穴が見えるほど、鼻がやや上向きに付いており、両の瞳がまんまるで穏やかさを偲ばせ、愛嬌があるのだが、眉が『ハ』の字の逆さまになって怒っていて、表情に特色を与えていた。
「よろしいのですか?」
フォンスの意向に、わたしは驚いて返す。
「いいも悪いもない。軍における指揮官や参謀というのは、たとえ誰もやろうとしなくても、誰かが必ず担わなければならないものであって、なしで済ますなど、言語道断だ」
「……」
どことなく、彼の言葉は、自分が責められているように聞こえ、わたしは反省を促される気がし、決まりの悪い思いに苛まれた。
「王妃様が手をお挙げにならないというのなら、おれが買って出る。何、おれとて騎士の端くれ。一通りの訓練は受けてきてる。やってやれないことはないし、ここにいる連中のほとんどは、避難民を除けば、城で普段いっしょに仕事してる顔なじみの連中さ。連携を取ることは、そう困難じゃない」
ふと、ことのなりゆきを案じていたらしい王妃が、わたしとフォンスの話に関心を持って近寄って来、割り込んでくる。
「フォンス」、と王妃。「あなたが軍配を取ってくれるのですか」
「王妃様」、とフォンスは、彼女の方を向いて跪いて答える。「この際、へりくだった物言いはあえて致しませんが、不肖、このわたしが、務めさせていただきたく存じます」
ドン、という轟音が聞こえる。近くではないが、さほど遠いというわけでもない。フォンスがスッと立ち上がる。
わたしを始めとして、フォンスも、王妃も、その他の避難民も、キョロキョロと辺りを不安そうに見回す。まだいとけない王子も、乳母の胸に抱かれて、この状況に、目を大きく開いて理解しようと指を咥え、静粛にしている。
ひょっとすると、わたしが脱出しようと選んだ城門が、すでに敵兵の目標とされて攻撃を受けているのかも知れない。そう思うと、にわかに緊張感が高まる。
「敵の新兵器の仕業か」、とフォンス。
「と、思われます」、とわたし。「フォンスさんもご存知で?」
「いや、詳しくは知らない。塔で見張りをしている時に、得体の知れない兵器が窓から見えたんだ」
「相当、強力のようです」
「そのようだ」
――「オォー」、という鬨の声が、城壁の向こう側に聞こえ、遠ざかっていく。同時に、城外の敵兵の気配が一気に稀薄になって奇妙に感じられる。
王のものと思しき声だった。外の状況が、何となくイメージされた。王が目立つ防具と軍馬で敵の目を奪い、おとりになってくれているのかも知れない。――何のために? 愚問。わたしたちが安全に逃げられるようにするためだ。
フォンスは、持っている槍の柄を地面にカンと、注意を促すように突き、「確か、フリッツといったな」、と半信半疑で言う。
「はい」、とわたしは頷く。
「今のは、王のお声のように聞こえたが」
「恐らくは、そうかと」
フォンスの顔色が、やや青い。王が最前線まで出ていて、その命を危地に晒していることの意味を、彼は苦々しく嘗めているようだ。
王妃も、同じだった。
――兵のひとりが、塔より、わたしたちのいるところへ慌てて駆けこんでくると、戦場を王が白馬で走り抜けていったと伝える。彼によれば、城門近くの敵兵のほとんどは、王の挑発に乗って追走していったという。
機は訪れたようだ。
フェノバールからの脱出を試みるならば、この機会を逃すわけにはいかなかった。
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