さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

272 / 451
第272話

***

 

 

 

「こうしていても」、とフォンスは言った。「埒が明かない。指示を出す者がいなくて動けないというのなら、おれが出す」

 

 フォンスというのは、番兵の名だった。彼の容貌は防具をまとっているのではっきりしないが、ブレイズと同じくらいの年齢の男だった。

 

 そのやや濃い褐色の肌の顔面では、鼻の穴が見えるほど、鼻がやや上向きに付いており、両の瞳がまんまるで穏やかさを偲ばせ、愛嬌があるのだが、眉が『ハ』の字の逆さまになって怒っていて、表情に特色を与えていた。

 

「よろしいのですか?」

 

 フォンスの意向に、わたしは驚いて返す。

 

「いいも悪いもない。軍における指揮官や参謀というのは、たとえ誰もやろうとしなくても、誰かが必ず担わなければならないものであって、なしで済ますなど、言語道断だ」

 

「……」

 

 どことなく、彼の言葉は、自分が責められているように聞こえ、わたしは反省を促される気がし、決まりの悪い思いに苛まれた。

 

「王妃様が手をお挙げにならないというのなら、おれが買って出る。何、おれとて騎士の端くれ。一通りの訓練は受けてきてる。やってやれないことはないし、ここにいる連中のほとんどは、避難民を除けば、城で普段いっしょに仕事してる顔なじみの連中さ。連携を取ることは、そう困難じゃない」

 

 ふと、ことのなりゆきを案じていたらしい王妃が、わたしとフォンスの話に関心を持って近寄って来、割り込んでくる。

 

「フォンス」、と王妃。「あなたが軍配を取ってくれるのですか」

 

「王妃様」、とフォンスは、彼女の方を向いて跪いて答える。「この際、へりくだった物言いはあえて致しませんが、不肖、このわたしが、務めさせていただきたく存じます」

 

 ドン、という轟音が聞こえる。近くではないが、さほど遠いというわけでもない。フォンスがスッと立ち上がる。

 

 わたしを始めとして、フォンスも、王妃も、その他の避難民も、キョロキョロと辺りを不安そうに見回す。まだいとけない王子も、乳母の胸に抱かれて、この状況に、目を大きく開いて理解しようと指を咥え、静粛にしている。

 

 ひょっとすると、わたしが脱出しようと選んだ城門が、すでに敵兵の目標とされて攻撃を受けているのかも知れない。そう思うと、にわかに緊張感が高まる。

 

「敵の新兵器の仕業か」、とフォンス。

 

「と、思われます」、とわたし。「フォンスさんもご存知で?」

 

「いや、詳しくは知らない。塔で見張りをしている時に、得体の知れない兵器が窓から見えたんだ」

 

「相当、強力のようです」

 

「そのようだ」

 

 ――「オォー」、という鬨の声が、城壁の向こう側に聞こえ、遠ざかっていく。同時に、城外の敵兵の気配が一気に稀薄になって奇妙に感じられる。

 

 王のものと思しき声だった。外の状況が、何となくイメージされた。王が目立つ防具と軍馬で敵の目を奪い、おとりになってくれているのかも知れない。――何のために? 愚問。わたしたちが安全に逃げられるようにするためだ。

 

 フォンスは、持っている槍の柄を地面にカンと、注意を促すように突き、「確か、フリッツといったな」、と半信半疑で言う。

 

「はい」、とわたしは頷く。

 

「今のは、王のお声のように聞こえたが」

 

「恐らくは、そうかと」

 

 フォンスの顔色が、やや青い。王が最前線まで出ていて、その命を危地に晒していることの意味を、彼は苦々しく嘗めているようだ。

 

 王妃も、同じだった。

 

 ――兵のひとりが、塔より、わたしたちのいるところへ慌てて駆けこんでくると、戦場を王が白馬で走り抜けていったと伝える。彼によれば、城門近くの敵兵のほとんどは、王の挑発に乗って追走していったという。

 

 機は訪れたようだ。

 

 フェノバールからの脱出を試みるならば、この機会を逃すわけにはいかなかった。

 

 

 

***

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。