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『まぁ、おれも別に、ずっと傭兵をやっていようとは思わない。あくまで、当面の座興に過ぎない。座興というには、やや血なまぐさ過ぎるがな――』
エルがかつて、賊の仲間に口にした言葉だ。
だが、実際のところ、彼の人生は、彼が予想したようには展開せず、エルは、傭兵をやめるどころか、正規の兵として大国のバルビタールに雇用し直され、今となっては、世界に覇を唱えんばかりの強い勢力を誇る宗教騎士団の上官である。
エルはもともとただの盗賊に過ぎず、訓練された兵士ではなかったが、戦争においては大いにその力を顕現させた。
最初は、ストレスなどで消耗する命のやり取りに、エルは、戦争に従軍して酷使されることで、どんどん精神的にすり減り、衰弱していったが、潰れるところまでは行き切らず、刻苦勉励し、自身をその厳しい環境に順応させていった。
報酬の金額は、確かに多く、賊だった頃と比べると雲泥の差があったが、それでも、戦争に従軍するのは、割に合わないように思われることだった。
賊の仲間たちは、最初は皆、首領のエルの言うことを聞き、傭兵としていっしょに戦争を戦ったが、時が経つごとに、無残に戦死するか、エルの思いに共鳴出来なくなったことで仲間の輪を抜けるかし、人数を減らしていった。
そういう中にあって、昔からの馴染みである幼いクロロだけは、何があっても、エルのそばに付いて離れなかった。
面目躍如たるその働きにより、エルは当時騎士団のトップだったヨハネスに見込まれ、卑しい賊から、正規の兵士へ、また、騎士団の騎士へと、身分の垣根を破って、昇格していった。
金銭が豊かに稼げ、名声が上がるとなると、最初は嫌々従軍していたエルも、満更ではないといった具合で、精力的に働いた。
クロロも、兄のように慕うエルの後を追い、遅れて昇進していった。
エルにしてみれば、クロロの成長、昇進は、意外なことであり、気が小さく、よくひとりで物陰に隠れてウジウジしていた子供が、どうやってここまで変われるのかと、驚き、感心したものだった。
バルビタールの兵士となった頃、エルは、ある者とひと悶着起こした。その者というのは、エルに、友人を殺されたひとりの兵士だった。エルは、自身が盗んだ上等の馬をある日奪われ、取り返そうと訪れた真夜中の村で、見張りをしていた兵士をひとり暗殺した。彼が、その友人だったのである。
その兵士にとって、エルの目覚ましい昇進は、彼がずっと、賊上がりとして軽蔑し、また友人の仇として敵視していた者の昇進なので、面白くなく、ムカムカさせた。
ある日、兵士は我慢できなくなり、エルにケンカを売った。殺すつもりは始め、なかった、ただ一発ぶんなぐりさえすれば、長々と鬱積した憤懣を一定程度晴らせるだろうという思いで、エルを挑発したのだった。その頃互いに兵士として同僚同士だったエルとその兵士は、誰かの目があると面倒だということで、バルビタールの城の、ひと気のない廊下で、取っ組み合いを始めた。
その取っ組み合いは、ただのケンカを超え、決闘というべきものだった。
二人は、それぞれ大立ち回りを演じ、やがてヒートアップし、侮ってかかった兵士は、徐々にエルの手腕に追い詰められ、最後、エルの一発を食らい、兵士は伸びてしまった。
兵士は勿論、絶命したわけではなかったが、エルとの決闘に敗北したことで、自尊心を完全に打ち崩されてしまい、ある日城の塔より身投げし、あの世へと旅立った。
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