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エルは、自身が忌み嫌っていたはずの上流階級の騎士に成り上がり、その地位に落ち着いているということが、しばしば不思議に思われた。
人生とは、時にひとを、思いも寄らぬ方向へと運ぶものだ。
今でもエルは、権威を振りかざして偉そうにするいわゆる誇り高き人々に対しての反感を持っていた。だが、自身の立脚する高い地位を思い返し、その反感は、鋭さを失って鈍く沈んでいくのだった。
エルは、決して偉くなりたかったわけではない。そういった願望を持ったことは一度としてなく、彼が望んだのは、ただ切実に、おのれの自由ばかりだった。一人親の母が意地悪で愛情を恵まれず、幼少より苦汁を嘗めさせられて育った彼は、苦しみや悩みよりおのれを解放する力をささやかに求めた。
「――エル様」
ふと、呼び声がし、傍らのクロロと共に、彼は振り返る。
ひとりの兵士が低くかがんで、何か報告があるようだ。
「どうした?」
「先日反乱を平定した町の統治に関しまして、上官にご意見たまわりたく参りました」
「あぁ、あそこか。そういえば、鎮圧後、特に指示を出していなかったか」
エルは、その時を回顧した。血なまぐさい記憶がよみがえり、クロロは微かに渋面になる。
『救いの光』の目的は、信徒を集め、その勢力を増大し、ゆくゆくは世界全体を、ひとつの宗教思想によって統一し、究極の平和を実現することである。
「どの道」、とエル。「あそこにいた住民は、反抗分子としてほとんど根絶やしにしたんだ。廃墟として捨て置いても、さして問題はなかろうが……」
エルは顎を持ってとっくり考えたが、勢力を広範囲に持つ『光』にとって、交通や商売の便宜上、各所に拠点があるべきだし、廃墟として放置すると、そこに賊などがはびこって治安を悪くしないとも言い切れないのだった。
「考えてみるよ」、とエル。「相応しい騎士を選んで派遣して、町政を任ずる。しばらく待ってくれ」
「了解しました」
兵士は一礼すると、立ち上がり、去って行った。
「なかなか平和にならないものだ」、とエルは兵士の後ろ姿を見送って呟く。
「そうですね」、とクロロ。「話し合いなどで共生を模索出来ればいいのですが……」
その言葉に、エルは頷きもせず無反応で、二人の間には、やや気まずい空気が漂った。
クロロは、明言こそしなかったものの、内心では、『光』の領域において散発する反乱は、『光』の武力による侵略と、半ば無理強いする形での改宗が生じさせたひずみだと思っていた。
幼い頃よりずっとクロロは、エルに対して、無条件で、その後を、あるいは血の繋がりのない兄弟として、あるいは友人として、好意と共に付いていったが、未だかつて、『光』に対しては、好ましいと思ったことがなく、むしろ、うさんくさいと思って疑いの目を向け、叛心を持っていた。
だが、『光』の騎士において、その創始者に見込まれた選良であり、同時にまた、幼少時より知己である一蓮托生の仲のエルの手前、クロロは、その気持ちを暴露せずに隠して、『光』に同意もしなければ、裏切りもしないといったどっち付かずの気持ちで、エルにくっついているのだった。
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