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会議が解散した後、円卓の部屋には、エルと、転任が決まった騎士と祭司の三人が残り、細かい話を詰めた。任地へと連れていく人員、輸送する物資、等々が触れられた。
『光』に攻略された村や町などの人里は、それまでの文化を否定され、改造されることになる。『光』の信仰、思想にのっとって、教会が設置され、方面軍による統治が行われるのだ。
従って、攻略された町には、必ず神職と騎士、それぞれひとりずつが送り込まれる習わしとなっている。神職は教会を拠点に信徒を管理し、信仰心の篤い者には救済と浄福を約束し、不信心者には訓戒を与える。騎士は、政経済民を担い、また勿論、戦闘員として、戦いに出る。
『光』が謳う倫理や道徳の概念を、神職が教え、唱導し、騎士及び兵士は、『光』による秩序が異端者や反感を持った革命家などの脅威に晒されないよう、武力で守るのだった。
話し合いはしばらく続き、やがて一通りのことが決まると、円卓の部屋は、燭台の火が消され、暗く、また無人になった。
最後に部屋を出たエルを、扉のそばで会議中、見張りをしていたクロロが迎える。
「お疲れ様です。エル様」
「あぁ、待たせたな」
二人はいっしょに廊下を歩き出したが、どちらとも口を閉じ、会話がなかった。
春のポカポカ陽気が、日暮れの接近と共に薄らぎ、肌寒さを覚えるほど、気温が下がっていた。
「クロロ」、とエルが立ち止まって言う。「先に、ひとりで部屋まで戻っておいてくれ」
「先に?」、とクロロも立ち止まり、聞き返す。
「あぁ。夜食の用意を頼む。メニューは何でも構わない。おれは、ちょっと寄りたいところがあるから」
「分かりました」
クロロはエルの方を向くと、一礼し、去っていった。
ひとりになったエルは、廊下を歩き、ある部屋のところまで向かった。
大聖堂の中は、隅々まで掃除され、清潔さを保ち、悪臭などしないものだが、その部屋の近くに来ると、悪臭というほどではないが、何とも言えない臭気が漂ってくるのだった。
コンコン、と臭気に微かに顔をしかめるエルが扉をノックする。
「どうぞ」、という返事がされ、エルは扉を開いて入室する。
壁の燭台の蝋燭に火が灯っているが、部屋は明るいとはいえなかった。
すっきりした内装だが、壁際に棚が置かれており、どの棚にも、透明の瓶の容器が夥しく陳列されているのだった。
瓶にはそれぞれ薬品が保存されており、部屋の内外に漂う臭気の正体は、薬品だったのだ。
「おや、エル殿ではありませんか」
そう言うのは、ひとりの男で、灰色っぽ髪の毛が特徴的だった。黒いローブを纏い、ゴチャゴチャと散らかったテーブルに椅子に座って付いている彼は、レックスという名で、『光』において、薬剤官を担っている。
「お邪魔ですか」、とエルが様子を窺う。
「いいえ」、と薬剤官は否定する。「特にそういうことはありませんが、どうされましたか」
「火薬をいただきたくて」
「火薬?」、とレックスは目を丸くする。「火薬なぞ、エル殿がじきじきに取りにお越しにならなくても、侍従に言い付けて、運ばせますのに」
そう言って、レックスは椅子より立ち上がると、紐が付いた携帯の容器を持って、部屋の隅にある大きい壺のところへ向かう。
エルがそのそばまで歩いていくと、壺の中身が黒い粒で一杯だと分かる。黒色火薬だ。
「わたしは」、とレックスが容器に火薬を掬いながら話す。「火花を飛ばせば綺麗に勢いよく燃えるという点で、火薬が好きですし、よく作ります。しかし、兵器に利用されるのはいい気分ではありませんね」
エルは、レックスが、ある城下町で元々薬屋を運営していたこと、そして、彼が『光』という組織に似つかわしくないくらい平和主義であることを聞き知っていた。彼らは、それぞれ上級騎士と薬剤官という『光』における高官として、互いに知り合った仲だった。
「どういうものでも」、とエル。「それが善人の手に渡れば善に用いられますし、悪人の手に渡れば悪に用いられます」
「では、兵器への利用は、火薬にとって、善でしょうか? あるいは悪でしょうか?」
「答えかねますね」、とエルは冷然と返し、腕組みする。「善悪の判定など、わたしにはどうでもいいことです」
そう言うと、エルは、壺の上にかがんで火薬を掬っているレックスの口元い、薄ら笑いが浮かんだように見える気がした。
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