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「火薬は着火剤に使うのですが」と、エルが火薬を掬っているレックスを見下ろして言う。「爆薬も少々頂戴出来ればと思うのです」
「ほう」、とレックスが顔を上げ、エルを見上げる。「爆薬は取り扱いのデリケートな危険物。エル殿が何にご使用になるのか興味深いところですが」
「……」
エルは沈黙し、答えを言明しなかった。
しばらくの間、エルとレックスは静かに睨み合った。一触即発という感じではないが、やや堅苦しい空気が漂った。
「まぁいいでしょう」、とレックスは火薬を掬い終わり、瓶いっぱいの黒い粒を間近に見つめて言う。「どの道、わたしには用のない代物です。上層部に作れと言われているから作るだけ」
「別に隠すつもりはなかったんですよ」、とエル。
「おや、そうでしたか」
「ちょっと、実験がしたくてね」
「実験を。爆薬で」
「えぇ」
「どうも物騒に思えますね。まぁ詳しくはお聞きしないでおきましょう。爆薬は、くれぐれも無闇に火気に近付けないように、大事故になりますのでね」
――調合室の扉が閉じる。
野暮用を終えたエルは瓶をふたつ携え、片方には火薬が、もう片方には、爆薬が入っている。
エルは、爆薬の瓶をよく見えるところまで持ち上げ、まじまじと見ると、その中身に納得して下ろし、廊下を歩き出す。
部屋に帰ると、「おかえりなさい」、とクロロが迎えた。「夜食は、パンとソーセージでよかったでしょうか」
「あぁ」、とエルが返す。
彼はベッドのそばの燭台のあるナイトテーブルに火薬と爆薬の瓶を置くと、スプーンに火薬を掬い、火打ち石で火を飛ばし、まず火薬に火を着け、その火を、燭台の蝋燭に移した。そして燭台と、爆薬の瓶を持って、再び部屋を出ようとした。
「エル様?」とクロロが不審そうに呼ぶ。
エルは首だけで振り返り、キッと睨み付けるようにして、「すぐ戻る」、と返す。
扉が閉まり、クロロひとりとなる。
クロロは、エルの立場をちゃんと知っているので、ちょっと萎縮してしまったが、特に疑惑を持つこともなく、ただ用事がたくさんあって忙しいのだという認識で済ました。
騎士と小姓という主従関係で結ばれてはいるが、クロロにとって、今の関係と、昔の賊だった頃のエルとの関係は、まったく異なるものだった。
賊の頃は、主従といった堅苦しい関係ではなく、打ち解けて話せた。だが、今は、礼儀作法を求められる騎士の見習いとして、相応しくない言動はすべからく慎まないとダメだった。
最初の頃は、違和感が大きく、やり取りがぎこちなかったが、日が立ってもうある程度は慣れたし、主従関係にある一種の冷淡さを割り切れって受容出来るようになった。
クロロはだが、不思議だった。住むところも、食べ物もままならなかった賊だった頃に、ふと鳥肌が立つほどの郷愁を覚えることがあるのだった。
――あの頃は、嫌なことはたくさんあったけれど、今よりずっとのびのびと過ごせていた気がする。
クロロは過去を思い返す度に、そういう感慨に襲われるのだった。
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