さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

287 / 451
第287話

***

 

 

 

 エルは中々帰ってこず、クロロは、ひとりで夜食をとった。

 

 エルの大きいベッドに対して、小さいベッドにクロロは部屋着で腰掛け、パンをかじっていた。燭台のあるクロロのそばは明るいが、燭台が持ち出されたエルのベッドの辺りは暗い。

 

 ソーセージがあるが、エルのものであり、肉類はぜいたく品で、小姓如きでは安易に手が出せなかった。ソーセージの他に、大聖堂の果樹園で採れたサクランボがあり、クロロはパンといっしょにサクランボを食べた。

 

 ――咀嚼する口はどこか重く、彼は背を曲げて、陰気臭い面持ちで、しばしばため息を吐いた。

 

 クロロがエルに付いて小姓となって久しい。数年はもう経っている。まだ子供の年齢ではあるが、背は伸び、段々と分別くさくなってきた。

 

 盗みを働くエルたちと共に、社会と隔たり、出来るだけ人目に付かない生活を送ってきたクロロの生活は、エルがヨハネスと出会い、その人柄とやさしい面影に魅了されて、ほとんど盲目的に『光』に入信することで、一転した。

 

 あれよあれよという間に生活の様相はめまぐるしいほど移ろっていき、生活する場所が、共に生活する仲間が、食べ物・飲み物が変わっていった。起きる時間も、寝る時間も変わり、ただのならず者から、宗教の信者となることで、祈祷や祭典の習慣が生じ、一定の知識と作法を身に付けた。エルに対して弟のように接していたのが、今では隷属する従者だった。

 

 騎士と小姓の生活は、クロロが望んだり、好ましいと思ったりする生活ではなかったが、エルが進む道のりを否定する気は全然なかった。

 

 服の一部がほつれて、糸が一本、伸びていた。

 

 かじった食べかけのパンをナイトテーブルの上の食器に置くと、クロロは、自身が着ている服のほつれよりだらしなく伸びる糸を指に巻き取り、一気に引っ張って千切り取った。

 

 彼はその糸を、燭台の火に向かって目の前に垂らすと、自分がずっと好きだった釣りをしていないことに思い当たり、また新たにため息を吐くのだった。

 

 釣りは、クロロにとって、我を忘れて没頭出来る絶好の趣味であり、遊びだった。決して獲物が釣れる必要はなく、ただ釣り糸が水面に起こす波紋の起こりと静まりをじっと見つめられるだけで満足だった。

 

 自由な時間が乏しく、またボーッと釣り糸を垂らせるような水場も近くにない大聖堂での生活は、彼にとっては、幸福なものとは言えなかった。

 

 大聖堂の森を抜けた先に、川が流れているので、いつかチャンスが巡ってくれば、ぜひ行ってみたいものだと内心待ち望んではいるのだが、忙しい上級騎士エルの小姓という立場では、その機会は中々やってこないのだった。

 

 

 

***

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。