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「ようこそ」
そう、テーブルの向こうにある立派なソファに深く座る、豊かな顎髭に貫禄のある男は言った。シュトラウスという。
「あなた方のことはだいたい知っている。ギルドの
「えぇ、そうです。本日はよろしくお願いいたします」
――ベンヤミン。思うにギルドハウスで世話になったおやじのことだろう。
ぼくとブルーノは、彼と対面している。ぼくらはあの麦畑に見えた邸宅の一軒にお邪魔し、その応接室で、仕事の委託の可否を巡って、今は面談中というわけだ。
ひとつしか椅子がなく、ブルーノがそれに座り、ぼくは隣に突っ立っているだけだ。事前に、ブルーノから、よけいなことはしゃべらず、引っ込み思案な子供を演じて大人しく黙っていろと言われたので、そうしている。
コンコン、という音がする。誰かが応接室の扉をノックしたようだ。
「旦那様、お茶をお持ち致しました」
「よろしい。入りなさい」
大声でそう扉の方へ叫ぶシュトラウスさんは、威厳があり、いかにもお金持ちらしく、人の上に立つ者に相応しい自負があるようだった。
扉が開き、トレーを持った女中が入室する。にこにこ笑顔で愛想と恰幅のいい女性だった。
「お飲みください」、と彼女はトレーよりマグカップを、それぞれの前に並べる。
「あぁ、すみません」、とブルーノ。
「はい、ぼくにも」
そう言って、女中はぼくにマグカップをソーサーごと渡す。ぼくはまさかもらえるなどと思わなかったので、面食らってしまう。
「お飲みなさい」、とシュトラウスさん。「君もお客様だ。遠慮はしなくていい」
ぼくは取りあえず、ソーサーを目の前のテーブルに下ろした。
「では、本題に入るが」
シュトラウスさんが色を正すと、女中は真剣な雰囲気を察したように、「失礼します」と早急に退室した。
「正直なところを言わせて貰うなら、わたしとしては、正規の兵士を雇いたいのだ。護衛を頼むなら、やはり適任というのがあるものだ」
「お気持ちは分かります」
「ただ、兵士は軍に所属しているもので、基本的に個人という単位では動かない。要するに、軍務にしか従事しないのだな。村民の依頼を受けるには、ちょっと規模が大きすぎるというわけだ。そうなると、警護が出来るのはだいぶん限られてくる。まさかその辺の農民や職人に頼むわけにはいかないし、まして連日村をお留守にしなければならないわけで、困っていたのだが、いや、あなたのような人がいてくれて、ずいぶん心強いと思ったよ」
「要人警護の仕事は何度かこなしたことがあるので、ぜひ、任せていただきたく思います」
そう、ブルーノは快気炎を吐く。
しかし、はて、今までそんな仕事をしたことがあったろうか。ぼくは疑問に思い、記憶を辿る。色々と仕事をしたが、その中に、要人警護やそれに類するものはあったろうか。
……なかった。
だが、ぼくは、はたと気付いた。
きっと、ブルーノは嘘をついているのだ。結局、ぼくらは武具屋を訪れ、そこで武器と防具を買ったけど、それは初めてのことだったし、今までやってきた仕事では、武器なんていらなかった。せいぜい護身用に短剣があれば事足りた。
だが、ぼくと出会う前に、あるいはそういう危険な仕事をやったことがあるのかも知れない。それは聞いたことがないし、分からない。
不確かな要素をはらんでいる仕事を、ぼくはやらないといけないらしい。一切の予測が出来ず、何となくかろうじて分かるのは、物騒だということだけ。物騒だから、武器と防具を調達したのだ。
護衛するリーザという女性はまだどういう人か分からない。このお屋敷にいるのかも知れないし、出かけているのかも知れない。
何が起きようと、ぼくはブルーノと一蓮托生の仲にある。
おのれを信じ、また、ブルーノも信じて、やっていくしかないのだ。