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グルンシュロスの城下町は、決して小さい都市ではなく、むしろ大きい都市だった。
その規模の程度は、城の巨大さで一目瞭然だ。
小さい城では、一本など、限られた主塔のみが備わっているのに対して、グルンシュロスの城は、主塔レベルの塔が複数屹立しており、その数は、城が擁する重役・貴族の数と比例する。従って、大きい城を擁するグルンシュロスの城下町は、城と同様広大なのだった。
都市に限らず、町村を含め、あらゆる社会集団には、それぞれ、義務や習わしがあり、また、そういったものに対して、権利や罰則が付帯する。
城下町に住む者は、納税が義務付けられており、オットーも納税者のひとりだった。だが、城下町の自治体への納付金は、飛脚の給金より天引きされることで自動的に納付されたが、個人に対して課される人頭税に関しては、自分で支払った。
オットーは、この町を離れる決意をしたのであり、従って、納税の義務も免除される必要があった。
その旨は、本人が直接、自治体の役人に申し出に行かねばならず、彼はある日、あまり好ましいと思ったことのない市庁舎の役人との話し合いのため、出かけた。
――役人は全て騎士の息がかかっており、町民に対して、高飛車で、親和的ではなかったのである。
切妻屋根の二階建ての石造りの建物が市庁舎で、城のすぐそばだった。飛脚の荷物の検閲が始まって以来、しばしば足を運んでいたところなので、オットーは迷わなかった。
市庁舎の中は、壁に大きい窓があり、誰か偉い人の肖像画がかかっていた。
部屋の隅には、二階へと上がる階段があったが、入ってすぐそばには、机に付いている年寄りのベテランらしき役人がいてせっせと書き物をしており、その近くには、役人に用のある町民が、ズラリと列になって並んでいる椅子に座って、順番待ちしているのだった。
普段、訪れればいつも待たされるのだが、今回も同じのようで、オットーはうんざりして、最後尾の者の次に座った。
聞くともなしに耳を澄ませると、市庁舎に来た人々の申し出が聞こえてくる。ある者は近親者がなくなって死亡の旨を伝えに来たと言い、葬儀の手続きを求め、ある者は逆に、子供が生まれたので洗礼を受けて教会の管理に新たに入れて欲しいと要請した。
中には仕事がうまくいかないなどの悩み事を持ち出す者がいたが、基本的に、役人の年寄りは、親身になって受け答えするというよりは、むしろ淡泊に、事務的に所定の手続きを処理し、市庁舎では普通受け付けない相談を持ち掛けられれば、相応しい相手に相談するように勧告するのだった。
やがて順番が回って来、オットーが呼ばれ、年よりの正面の椅子に、彼が机を挟んで座ると、納税の義務の免除を申し出た。年寄りは、禿頭で、額に皺が並び、面相が厳しかった。
年寄りは、「ふむ」、と、オットーの申し出に、すぐに合点が行ったように頷いたが、直後、小首を傾げ、「お金がないのですか」、と、やや哀れみをこめて尋ねた。
「いいえ。お金の問題ではないのです」
「では、なぜ納税の免除をご所望されるのか?」
年寄りの目付きは、どこか責め付けるようで、彼は本気で、オットーが乞食か何かだと踏んでいるみたいだ。
「それは」、と、その目付きに睨まれて、オットーはしばし答えあぐね、しどろもどろになったが、やがて「実は、この町を出ていくことに決めたのです」、と思い切って告白した。
「グルンシュロスを出ていかれる。左様ですか」
「はい。そういうわけで、今回のお話です」
「分かりました。しかし、よろしいですか? この城下町は現在、騎士様たちに厳しく管理されている」
「存じております」
「この町には、この町の秩序があるのです。あなたは、町民として、その秩序の一翼を担う存在である。そして同時に、その秩序に守られているのです。そのことが意味するところは、お分かりになりますか?」
「えっと……どういうことでしょう」、とオットーは後ろ頭を掻いて困惑する。
「つまり、オットー殿」、と年寄りは一度咳払いして調子を整えた上で答える。「あなたがあなたの自由という権利を行使するのは結構です。ですが、あなたがこの町を出られるということは、すなわち、この町の、あなたを守っていた秩序から逸脱することになるのです」
その言を聞くと、オットーの心に、暗雲が漂ってくるようだった。
今まで彼が反感を持ち、敵視していた騎士たち・兵士たち。彼らは権力を壟断し、独裁政治を行い、町のそこかしこを軍事パレードの舞台とし、日々町民を威圧していた。
だが、彼らは町の秩序と平和の守り手であることに違いはなかった。
彼らの庇護を抜ける――父と母のそばを離れ、仕事をやめ、そういう何もない状態になるのに加え、騎士たち・兵士たちの味方でなくなりもする。
オットーは旅立ちに関してほとんど腹を括っていたのだが、市庁舎のこの功を経た年寄りの忠言を聞くことで、自分は決してそうはなりたくないと思っている流浪の民のことが、ふと、今後の自分と関連して思い返されるのだった。
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