さまよえるフリッツ【完結】   作:Yuki_Mar12

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第297話

***

 

 

 

「では、お願いするよ」と、ベーラムは、紐でまとめられた麻紙の束をオットーへと手渡して言う。

 

 オットーは「分かりました」と返し、肩掛けのバッグの中に、ベーラムのしたためた手紙であるそれらをしまい込む。

 

 明るい春の陽光が、高地の町に降り注ぐ。

 

 グラルホールドでは、町民がそれぞれ営為に従事している。山地の町であり、斜面が多く平均気温が低いことから、農業にはあまり適さないが、自給自足への志が高く、他業を兼ねた百姓がおり、麦などを育てている。山地の源流があり、水資源が豊かなので、土壌は比較的肥沃であり、麦畑での耕作が営まれている。その他は、手工業や、麻の栽培と製糸業など、幾つかある。

 

「しかし、いいのかね」、とベーラムは、申し訳なさそうに尋ねる。「わざわざ君に行ってもらわなくとも、配達夫を呼び寄せるのだが」

 

「わたしは元々、配達夫でした」、とオットー。「ですので、こういった仕事には抵抗がありません」

 

 オットーはベーラムのもとで、彼がてがける事業の手伝いをずっとしていた。ベーラムはこの町の首長であると同時に、城の主であり、ひとりの戦士であり、畑の所有者であり、また、妻と子を持つ父であった。更に、ある種の祭司(・・)でもあり、彼は多忙であった。

 

「くれぐれも無理はしないように」、とベーラムはオットーを見送る気になって注意する。「決して急ぎではないので、君のペースで配達してくれたまえ」

 

「お気遣い、痛み入ります」

 

「恵み深き山の神々よ」、とベーラムは両腕を翼のように広げて蒼穹を仰いだ。「旅立つオットーの一路平安を祈り、護りたまえ」

 

 祈りの文句のようだった。

 

 さて、ベーラムの依頼した、手紙と小荷物の配達は、オットーが命じられた、というよりはむしろ、不器用で慣れない作業に対する彼の逃避願望の現れとして、彼が何か届け物の用事がないかと問うた結果、下された任務だった。

 

 オットーは馬を一頭、ベーラムに足として与えられたが、その馬は仔馬と見まがうほどの小ささで、だけど、ベーラム曰く、体躯が小さく、体重が軽いからこそ、グラルホールドのある山間の地形では、有利に動けるのだそうだ。

 

 オットーにはあいにく乗馬の習慣がなく、せっかく貸し与えられたものの、思う様乗りこなすには、不足しているものが多かった。彼にとって乗馬といえば、前に賊から奪い返した、元はリーザの執事のものだったという馬に乗って以来のことである。

 

 飛脚の時は馬など使わず足で歩いたものだが、あるいはグラルホールドのあるエリアの地形では、かえって疲れるばかりで、家畜を利用するのが賢明かも知れない、とオットーは考えた。

 

 ――ところで、さて、道のりはどうしよう。一応、ベーラム殿に、地図と、目的地の詳細のメモを貰ったけど……

 

 城を離れ、町の開けた番所で、オットーは、自身の影法師を見、だいたいの時間と方位を探り、適当な順路を想像した。

 

 ひょっとすると――とオットーは今更思った。

 

 ――わたしはあえて、配達夫の真似事などやらずに、ベーラム殿に伴われているべきだったのかも知れない。だが、慣れない作業ばかりすることの苦痛は否定出来なかった。前職の飛脚と、配達夫とは共通するものがあり、やることは似通っていた。また、この町の付近のことを知りたいということもあり、ちょっと話題にしてみると、案外、話は進捗した。

 

 オットーは振り返り、町の中央へと目を注ぐ。城があり、家々がある。だが、どの建物もずいぶん古びて見え、それでいて、補修が満足になされていないものなので、町の雰囲気をカビくさいものにしていた。

 

 オットーにとって、このグラルホールドという異境の町はまだまだ未知のフロンティアであり、分からないことが山盛りだった。

 

 

 

***

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