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数日間、オットーはグラルホールドを留守にし、馬に乗ってベーラムに託された手紙の宛先を巡った。
鬱蒼とした山林を行くと、様々な生き物の姿を目にした。シカに、イタチに、リスに、ウサギ。人間に対して、彼らは普通そうであるように、動向を探って警戒したが、一定の距離を保っていれば、逃げることをせず、あるいは単独で、あるいは群れを伴って、思うように活動した。
昆虫も数多く生息しており、蜘蛛の巣が張っていたり、毛虫が樹幹にへばりついていたり、蝶がヒラヒラと舞っていたりした。鳥類もやはりおり、山全体は、生態系が豊かのようだった。
グラルホールドという町もそうだが、その周縁は、世界の情勢や、時代の風潮といったものとは隔絶しているみたいで、オットーは、この山間の地域が、あのグルンシュロスと本当に同じ世界に存在しているのか、疑われてくるくらいだった。
それくらい、環境は平穏であり、人間が起こす戦争などの災禍とは無縁だった。
山を下り、平地をしばらく行って、別の山へと入り、ほとんど人跡未踏に近い山道をのぼっていくと、煙のにおいを嗅ぎ付け、あるこぢんまりとした山荘を発見した。
オットーは馬を下り、山荘へ近付いていった。
山荘の正面の庭では、ひとりの軽装の男が焚火をしてそのそばにかがんでおり、オットーの登場にハッとすると、にわかに顔を険しくし、立ち上がり、後退りした。どうやら、彼を侵入者と見なしているようだった。
「何者だ」、と男は、小型のナイフを構え、オットーを威嚇した。
「怪しい者ではありません」、とオットーは両手を振って彼の警戒を解こうとした。
男は、ベーラムと同世代に見え、また、彼と同様、肌の色がよく日焼けしていた。
「使いの者です」
「誰からの使いだ」
「ベーラム殿です」
「ベーラム……」
その名を聞くと、男は画然と様子を転じ、構えたナイフを下ろし、険相を和らげた。
「彼がよこしたのか。いや、疑ってすまない。いつも見える配達夫とは、様子が違っていたものでな」
「無理もありません」、とオットー。「いきなり現れて、しかもわたしの外貌は、あまり人好きのするものではありませんから」
「わたしはベーラムの友人だ」、と男はやや打ち解けて言う。「用件を伺おう」
「大した用ではありません。お手紙を授かってきたのです」
オットーは、肩掛けのバッグを開き、中から手紙の束を取り出し、紐をほどいて、どれが渡すべき手紙なのか、ザッと目を通す。
が、書かれている文字がまるで見慣れないものであり、オットーは戸惑ってしまった。普段、彼がベーラムと意思疎通を図って用いる言語とは別種の言語のようだった。
「文字が判読できないのかね。どれ、見せてみなさい」
男は、オットーの手より手紙を預かると、一枚一枚確かめていき、やがて正しいものを選び、抜き取った。
「我々の言葉が分からないというのは、実に寂しいが、今となっては、致し方のないことだ」
男が哀調を込めてそう述懐したが、オットーには、彼が暗に示している事情を察することが出来なかった。
オットーは、何ともいえない気持ちで、伏し目がちに、じっと口を閉じているばかりだった。
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