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夜が明けた。
目を覚ましてベッドで上半身を起こし、周りを見渡す。明るい朝日が窓を通して差し込んでいる。
テーブルに突っ伏して寝ていた母は、いない。すでに農作業に出かけたのだろう。
テーブルには朝食が用意されている。パンだった。食事はほとんどパンばかりだった。食べ飽きてはいるが、贅沢は言えない立場だ。何も食べないよりはマシだと言い聞かせて、無心で頬張り、ポットに入った牛乳を飲む。乳牛を一頭飼っていて、毎日乳搾りをしている。ぼくのやらないといけない日課であり、後で小屋へと行く予定だ。
朝食を食べ終わると、タオルを持って母屋を出、下草の茂る草地を通り、小川に向かう。顔を洗うのだ。早春の空気はまだ冷たく、手で川水を掬い、顔に浴びせると、ひんやりとした水で、キリッと身が引き締まる思いがする。ゴシゴシとタオルで顔を拭き、家畜小屋へと向かう。
「やぁ、元気かい」
むせ返るような獣のにおい。最初は顔をしかめるほどくさく感じたが、毎日嗅いでいれば嫌でも慣れるものだ。一頭の牛が、佇んでいる。切ない眼差しをしているように見えるのは、あるいはぼくの思い込みというか、投影なのだろうか。自分の不遇、不運、窮乏の悲哀を、牛に重ねているのだろうか。
ぼくの挨拶に、牛はいやに潤んだ瞳で見つめ返すばかり。
この牛は、みずから手に入れたものではなく、領主に与えられたもので、管理を任される代わりに、牛乳などの畜産物を自分のものとしてよいことになっている。
頭を撫でてやると、牛は落ち着いたように目を瞑り、ぼく手にその頭を委ねる。大きな頭。
「今日もよろしく」
そう、許しを請うように言うのは、ぼくの習慣だ。牛乳を搾るという行為が、何とはなしに牛に対して良心の呵責を伴うので、ちょっとした罪悪の意識の軽減にと、いつの間にか言うようになったのだ。
ミルク瓶に、牛乳を搾る。牛の乳を掴み、ギュッと握る。白い牛乳が、勢いよく出て来、空っぽのミルク瓶の中でしぶきを上げる。
うちは貧乏だけど、毎日の糧を恵んでくれる牛は大切にしようということで、飼料代をケチらないようにしている。そのためか、毎日乳の出がよく、牛乳が不足するということはまずない。
「ありがとう」
ミルク瓶一杯の牛乳を出してくれた牛に、頭を下げる。牛はと言えば、相変わらず、瞳を潤ませるばかりだ。
さて、一仕事が済んだとミルク瓶を持ち上げようとすると、ずいぶん重い。両手で持ち手を持ち、せーの、と力を振り絞り、どうにか持ち上げる。そしてほとんど引きずるような恰好で、母屋まで運んでいく。毎日がこういう具合だ。肉体的重労働。
だけど、ぼくは貧乏なのだ。働かなくては、生きていけない。